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よしこ@ちょっと休憩
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力の信奉者

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「僕が……」
 サマルトリア王の御輿から、アレンを呼ぶ声が聞こえる。ねぎらいと感謝の言葉を早く伝えようとするサマルトリア王の呼びかけだろう。
 けれど、アレンはすぐに赴くことなく、薫風のように現れて香り去っていった、緑の王子の影をしばらく戦場に追いかけていた。

 松明で照らされた幕舎はわき上がっていた。
 集まった王侯貴族、将軍騎士から兵卒までがアレンの武勇を褒め称える。
「ありがとうございます。切磋琢磨してまいりました剣の腕をこの度の戦で役立てることができたこと、敵将を討つ機会に恵まれましたこと、これこそが僕には何よりの歓びです」
「そう謙遜するな。そなたは儂の命の恩人。儂が消えたところで我が息子コナンが健在といえ、あそこで御輿をひっくり返さればサマルトリア軍そのものが立ち行かぬところであった。感謝する」
「はい。ありがたきお言葉、謹んでお受けします」
 ローレシア式に拱手してアレンが一礼し、サマルトリア王の前を下がったとたんに、アレンは将軍達に取り囲まれた。
「素晴らしい腕だった。久々に血が沸きましたぞ」
「さすがはローレシア、ロト直伝の剣技。感服いたしました」
 この魔物との戦いに明け暮れる時勢、将軍達とていずれ劣らぬ剛の者だ。その、アレンの父ほどの年の、男盛りの武芸者達が口々にアレンを褒めそやすのを、コナンは父王の隣から見つめていた。
 どこからともなく酒が回され、我先にと争って将軍達がアレンの杯に酒をつごうとする。
 まるで社交界で王子に群がろうとする娘達のようだ。
 コナンはその賑やかな光景をしばらく見つめてから、目を伏せた。
 場の主役はアレンだった。
 同じロト王家の王子でありながら、コナンは目立った活躍もなく、何の恩賞もなかった。
 いや、それどころか、責められて当然の不出来だった。
 魔法戦士である自分は回復魔法と、炎の魔法での援護が主な任務だった。とはいえ、サマルトリア本陣が襲われているときに、王子である何も出来ず、ローレシアの王子に助けられるなど、本来ならあってはならなかったのだ。
 それを誹謗するような父王ではないが、面目が潰れたことに違いはない。
 ――その確執を補って余りあるほど、今日のアレンの活躍は見事だったのだ。
「いやぁ、古流剣とは素晴らしい技ですな。ロトの血族のみに伝えられると聞いておりましたが、まさかこの眼でお目にかかれるとは」
 胸まで顎を伸ばした将軍が呵々と笑う。サマルトリアの騎兵隊長だ。
 ずいぶんとローレシアを警戒していたのに、今では彼が率先してアレンの話を引き出している。あの陶酔した様子は、舞踏会でコナンに駆け寄ってくる貴族の娘とよく似ている。
 ……慣れない。
 コナンはアレンをちらりと見る。まるで気づいていたようにアレンの濃紺色の瞳と視線が合って、コナンは慌てて顔を逸らした。
 アレンが何か口を開こうとしたところで、その視線の前に貴族の男が体を滑り込ませる。派手な金の飾りをふんだんに付けたサーコートに身を包んだ、サマルトリアの有力貴族だ。騎士として二人の息子を従えている。
 漁色家で何かと有名で、ローレシアの伯爵夫人とも噂のあるこの貴族が、今は声高にアレンを褒め称えながら、しきりと二人の息子を従卒にしないかと薦めている。
 難しい顔をしてローレシア側の将軍が首を横に振っているが、まんざらでもなさそうだ。場は、わざと二人の息子をくさしてみせる者や、逆にアレンに是非部下をと薦めるもの、周囲ではやし立てる者で賑やかに盛り上がっている。
「いえ……僕はまだまだ修行中の身ですし、古流剣は一子相伝の剣。それに、僕には支えてくれるローレシアの武将がいますので」
「王子……もったいないお言葉。我らローレシア軍は命を賭してアレン王子をお支えいたしますぞ」
「残念でございます。ですが、もし、なにかご用がおありでしたら、サマルトリアでは是非我らをお頼りになって下さい。王子のご武勇伝の端にでも名を連ねられれば、それだけで本望でございます」
「有り難うございます。共に、ハーゴンを倒して平和な世界を取り戻しましょう」
 周囲の男達が、感動に肩を震わせる。アレンの鋭い眼光がぐるりと取り囲む男達を見回すと、誰からともなく唱和が始まった。
「おう、アレン王子にルビスの守護あれ!」
「ルビスの守護あれ!」
 個々に武勇を誇る騎士、気位の高い大貴族、歴戦の将軍。だれもが口々にアレンの為に聖句を合唱する。心酔と憧憬に輝く目でアレンを見る。
「ルビスの……守護あれ……」
 掠れた声が隣から聞こえて、コナンははっと目を見開いた。小さな声だが、はっきりと、サマルトリア王の唱和はコナンの耳に届いた。
 コナンは隣の父王を見なかった。じっと直立したまま、正面の宴席で歓呼の声を上げる将軍達を見つめ、そして、いつの間にか幕舎の外からも聞こえてきたアレンを讃える声を聞く。
「コナン……」
「はい」
「我らはロトの血筋だが、ロトの威光に打たれて従った者の子孫でもある」
「はい、父上」
「よく、アレン殿下にお仕えし、お守りしなさい。あれだけの武勇と意志の力を持った方だ。お疲れになり、周囲を疎まれることもあろう。お前が側にいて、よく慰め、癒してやりなさい」
「……父上……わたくしは」
「コナン。同じ血筋の者と競うのではなく、お前にできることこそを、成しなさい。それがサマルトリアの心だ」
「はっ……」
 コナンは父王に告げようとした言葉を飲み込んで頷いた。いや、告げる言葉など浮かんでいなかった。
 ……ああ、娘のようだ。アレンを取り囲み、口々に讃える男達を見て、そう思う。
 女以上に、男を惚れさせるもの、それが力だ。武芸を競い、国同士で争い、そして闘技場で力を喧伝する。女を囲い抱くために金を費やす者は多いが、それ以上に力を求めて戦や武力に費やされた金の方が多い。
 力は男を酔わせる。
 アレンは、アレンの武力は、アレンの意志の力は、この先も沢山の男を魅了するだろう。男達はアレンの力を愛し、まるで寵愛を求める愛人のように彼にどれだけ尽くせるかを競うだろう。
 彼の剣技に惚れ込んだ男達は、彼に奉仕することに歓びを見いだし、彼を護るために沢山の労苦と金を惜しまないだろう。あたかも、夫に尽くす妻のように。望まれれば娘も妻にと差し出すだろう。
 だが。
 コナンは目を閉じる。
(サマルトリア王は、我が父は、俺にも同じ振る舞いを求められておられる……!)
 アレンに陶酔し取り巻く男達のように、アレンに尽くし、慰みになれと。
 互いに好意を抱いて繋がった、対等な仲間。コナンにとってアレンはそういう存在だったし、そう在りたかった。ロトの子孫で、王子で、ハーゴンに立ち向かう戦士として、依存し合うのでなく別個に立った上で協力していきたかった。
(俺はサマルトリアの王子だ。炎を操る魔法戦士だ)
 だが、コナンでは足りぬ、と父王は言うのだ。
 できることならアレンのようになりたかった。コナンこそがアレンの立場に立ちたかった。
 魔法と剣技で戦い、人並み以上に実力のある魔法戦士だという自負もある。だが、天賦の才とはこれほどまでに残酷に違いをあらわすものなのか。どれだけ努力しても届かないものなのか。