時奪
「静雄さんみたいにかっこいい人と並んで歩くなんて、憧れてたんだー!」
「言ってろ」
「ふふん。で、静雄さんは何か希望ある?」
「うーん……」
俺の両脇を固める二人が見上げてくる。希望、と言われても中々浮かばない。歩きながらショーウィンドウを眺めてもいまいちぴんと来ない。臨也が欲しがるもの、欲しがるもの、と何回も考え、やっぱり装飾品が良いだろうかと結論に至る。サイズが判るから靴とか。新しいジャケットとかも良さそうだが季節感が無いよなあ。じゃあスプリングコートか。
「お前らはどういう基準で選んだんだ?」
「えっとね、イザ兄ってアンティークチックなものとか好きだから、割と観賞目的にも出来るやつを選んだかな。フォーマルには合わないけど、バックルは見た目重視したし」
意外に考えているんだな。「イザ兄には勿体無い」というけど、この二人は普通に兄が好きなんだろう。俺の方が好きだと言っているけど何処まで本当なんだか。
それにしても余計判らなくなってきた。アンティークなんて俺には判らないし。
「そんなに難しく考えなくたって、イザ兄は静雄さんからの贈り物なら生ごみでも喜ぶよ!」
「いやそれは流石に無いと思う」
「品(たべものは)……?」
「消耗品だろ? それじゃ今までと同じような気がするし」
第一臨也は甘いものが好きじゃない。
「老(でもしにせのものなら)……良(おいしいとおもう)……」
「老舗の銘柄かー、それなら一緒に食べられるしね!」
「でも俺、そういうの判んないし」
「その為の私たちだよ!」
にぱりと無邪気な笑みに背中を押される。それに微笑み返して携帯に眼を落とすと、12時を回ろうとしていた。
「ついでに何か食うか?」
「食べるー!」
「場(どこか)……茶(きっさてんでも)……探(さがす)……?」
朝食が遅かったから俺はそれほど腹が減っていない。だから二人に合わせるかと頷き、少し込み合う喫茶に足を踏み入れた。軽食が多い場所なら俺でも何か口に入れられる。
早速メニューを広げ始めた二人に向かいあって座す。昼食なのにデザートのページに眼を走らせる二人に苦笑した。
「こらこら、お菓子はまだだ」
「えー、でもお金厳しいもん」
「奢ってやるから好きなの喰え」
「ほんと!? やったあ!」
言うが早し、メインメニューに切り替えた二人。現金だなあと微笑ましい思いで眺める。5万近く財布に入っているからかなり余裕がある。俺も適当に眼をつけて店員を呼んだ。
「ハヤシオムライスとツナサラダくださーい」
「茄(ナスのカルボナーラ)……」
「チョコレートプリンパフェ」
見事にばらけたな。この二人、何でも正反対にしたがるけど好みまで別れるのか。ぱたんと閉じたメニューの向こうで舞流が眉を寄せた。
「あー、静雄さんこそお菓子!」
「俺は喰ったばっかだから良いんだ」
「しかも超甘いじゃん! 意外ー!」
おしぼりで手を拭きつつ久しぶりの外食に高揚感が高まる。舞流は手に持ったグラスに入った氷水を揺らしながら、何故かにやにやしながら俺に詰め寄る。
「静雄さんってー、イザ兄のこと好きー?」
「なんだよ藪から棒に」
「だって昔から、割となあなあで生きて来た感じがするけどイザ兄の事になると真剣になるから。イザ兄も外道だけど静雄さんには優しいしねー」
舞流の隣で九瑠璃も頷いている。この二人の中での俺と臨也はどんな存在なのか、またどう思われているかはようと知れない。性格も臨也に似て何処か悪戯気質な二人。また女だというのもあって臨也以上に心が読めない。邪気が無いかと思えば自分を襲ってきた不良に対し容赦なく後遺症が残りうる一撃をお見舞い出来る。
「まあそりゃ、好きだけどさ」
「イザ兄も静雄さん大好きだよね! 高校生くらいの時にいきなりイザ兄が家を出た時はちょっと吃驚したもん」
死にかけていた俺を拾った臨也。とはいえあの時の臨也はまだ未成年だった。それなのに家族で住む自宅では無くわざわざマンションを借りてそこで俺と生活していた。まるで折原家の誰にも俺を接触させたくないとでもいうように。間もなく高校を卒業した臨也は現在の住居に住まいを変えた。思えば、臨也や二人の両親は仕事で海外に居る。そんな幼い九瑠璃と舞流にとって臨也は唯一の保護者だった。それを俺が奪った。悪意があった訳もなく、知らなかった事とはいえ。
「……悪かった。お前らから、兄貴を取り上げて」
突然表情を暗くした俺にきょとんとした二人だが俺は気分が落ち込む。ひょっとしたら二人が歪んでしまった原因は俺にもあるかもしれない。両親が居なくても兄が居れば、肉親の温もりに寂しさを覚えなかったかもしれないのに。
「俺とお前ら、歳そんなに変わらないのに、俺ばっかり……。本当に、悪い」
「え?」
俺が九瑠璃と舞流にそれほど嫉妬心や妬みを抱かない理由が判った気がする。無自覚だったが、頭の何処かでそういった罪悪感があったんだ。怨まれてても仕方ないのにこの二人は俺を好いてくれている。
「そーんな、気にする事じゃないよ? 別にイザ兄が居た時だって大して変わんなかったし!」
笑い飛ばす勢いで明るく言われるが、それもそれでどうかと思う。不思議そうに首を傾げる俺に舞流は全く別の事を言う。
「それより静雄さんもイザ兄ばっかり構ってないで、好きなアイドルの一人や二人作ったら!?」
「人(げいのうじんとか)……関(きょうみない)……?」
「あんまテレビとか見ないから……。でも好きな歌手とかはちゃんと居るぞ」
慰めてくれるような二人の言葉に癒される。舞流は再び鞄を漁り始めるがすぐにがっくりと項垂れた。
「あーん、幽平さんの写真集置いてきちゃったあ! クル姉持ってない?」
「否(ううん)」
「静雄さんにも見せてあげたかったなあ、私たち羽島幽平って人の大ファンなんだよ! 今度見せてあげるね!」
「ふうん? 芸能人か?」
「どっちかっていうと俳優に近いかな! まだ子役だけどね」
何処か常識を逸脱している二人だが、有名人に熱を上げる辺りは普通の女の子らしい。それに少し安心するような溜め息を吐くと、ようやく料理が到着した。豪快にサラダとオムライスを食む舞流の横できちんとスプーンで纏めてパスタを口に入れる九瑠璃。こういう所でも差が出るんだな、多分一卵性双生児なのに。
ちまちまとアイスの城を崩していく俺に舞流が微笑んだ。
「静雄さん、食べ方かわいーい」
「ほっとけ。お前はもう少し上品に喰え」
「好(チョコがすきなの)……?」
「チョコも好きだけどプリンが好きだ、俺は」
「へえー」
びりびりと冷える舌を休ませながら、冷凍を急いで解凍させた感が否めないプリンの形を崩した。