時奪
味を確かめながら食べる事に集中していると、突然、カウンターの方を見ていた九瑠璃が口を開いた。
「呼(あの)……、置(とけいなんてどうかな)……?」
「何が?」
「イザ兄のプレゼント? 確かにアンティーク好きだもんね、そうだ置き時計なんてどう!?」
「時計、か」
「駅の近くに硝子細工で出来た時計売ってるお店知ってるよ」
確かに、身につけるものじゃなくても、生活に必要なものなら良いかもしれない。仕事場のデスクに置くにしろ寝室に置くにしろ、見た目が美しいものなら気に行ってくれるかもしれない。ブランドじゃなくても、万人が綺麗だと感じるものなら嬉しい。
どうも九瑠璃は時間を確認した際に時計を見た時に浮かんだらしい。暗い無表情に僅かに笑みが差していた。
「そうだな……、じゃあ、案内してくれ」
「うん! お昼代分くらいは働かせてもらいまーす!」
笑顔を振りまく舞流に急かされ、急いで慌ただしく昼食を終える。目当てが決まると足取りもしっかりしたものになる。15分ほど歩いた先にある、古風な趣の店内に舞流たちは迷わず入った。未知への不安を僅かばかりだが感じた俺はそっとドアを引いて先の二人の後を追う。ぐるりと眼を回すと、ログハウスのような店内に所狭しと時計が並んでいた。こつ、こつ、と揃っていない、いびつな不協和音に呑まれた俺は思わず息を呑む。
傍にあった一つを覗きこむと、小さな内部に振り子がついて、それに合わせて秒針が時を刻む。透明の硝子の中に時計盤が埋め込まれただけのシンプルなものから宝石のついた華美なものまで。思わず手にとって眺める、神秘的な美しさだった。
「硝子時計、……か」
老舗店だからか、それとも硝子時計だからか、値段も少々高い。今俺が手に持っているものは余裕で5桁を突き付ける。だが臨也への感謝を込めるんだったら6桁でも行けるぞ、と意気込む。しかし財布にはそこまで入っていない事に気付き、全額持ってくれば良かったと少々後悔した。
「綺麗だねクル姉! 私も一個欲しいなあ」
「即(すぐこわすからだめ)」
遠くから二人のそんな会話が聞こえる。どうやら店員は女性である二人に的を絞ったらしく、双子が声高に店員と話し込んでいた。ぽつんと佇む金髪の俺はむしろ好都合だとゆっくり眺める。
そこで一つに眼を奪われた俺は音も無く近付き持ち上げる。見た目よりも重いそれ。薄く赤みの入った正方形で、極々シンプルなものだった。特徴的なのは針で、まるで鍵のような形をしている。観賞するだけで魅入るそれの値札に眼を落とすと予算内。
「静雄さーん、決まったー?」
「おう」
店員を振り切り、二人が後ろから覗きこんできた。同時におお、と感嘆の息を漏らす。二人が良いというなら大丈夫だろう。レジまで行くと、タイミング良く舞流が「プレゼント用に包装お願いしまーす」と明るく告げる。そういうサービスがあるんだと滅多に買い物しない俺は感心する。他に客が居ない為、店員の手付きもゆっくりと丁寧だ。
「男の人にあげるのでクールにしてください!」
と、また後ろから口を出す。店員が出そうとしていたラッピングは確かに女子向きなものに見えた。俺が買ったからてっきり彼女にでもあげるものだと思ったんだろう。失礼しましたと慌てた女性店員が中から青とシンプルなリボンを出す。全体的に華美ではなくこざっぱりとしているのは臨也らしい。
割れないようにしっかりと衝撃吸収のカバーで包まれ、紙袋に入れて渡された。ありがとうございました、と告げる店員の声も弾んで明るい。俺の財布は見事に軽くなった訳だが、心も晴れ晴れとしていた。喜んでくれるだろうか、臨也は。今日は夕方には帰るはず。
「静雄さん満足出来た?」
「ああ、二人ともありがとな」
「ううん! とっても楽しかったよ!」
「肯(うん)……次(またいきたいね)……」
隣で舞流がスキップを刻む。思えば街中に出たのに今日は誰にも絡まれずに済んだ。良い事だらけだ。
真っ直ぐ自宅に到着しつつ今日の感想を声高に話し合う後ろの二人に微笑みを浮かべながら、俺も満足感を噛み締めながら目的の階までのボタンを押す。重力に身を任せ、臨也はどんな反応をするだろうと僅かに興奮してきた。何か菓子でも食べてゆっくりして行けよ、と言いながら玄関のノブに触った瞬間、気配が動く。
「あれ……臨也、もう帰ってる」
「……やっぱりー?」
すると舞流の苦笑いに近い落胆の声が聞こえる。何で判ったのかはあえて聞かずに中に入った。
「ただいま」
返事が無い。前みたいに無視されたか? と首を傾げつつ靴を脱ぐ。事務所まで辿りつくと、昨日の夜ぶりに見る臨也の姿に一気に嬉しくなって飛び付きそうになるが、双子の手前だから我慢する。紙袋を持った俺の後ろから妹の姿を見つけると臨也が心底嫌そうな声を発した。
「何処行ってたの?」
「え、……買い物」
当日は明日だから、前日に「お前の誕生日プレゼントを買っていました」なんて言える訳が無い。正直に言いそうだった口を無理矢理曲げ、とりあえず事実を言う。臨也は視線を双子に向けた。
「で、なんでお前らが居るわけ?」
「連絡したよ? イザ兄が本気にしなかっただけだもーん」
「あのな、俺だって暇じゃないんだよ。お前らに付き合ってらんないんだ。その上シズちゃんまで連れ出してさあ」
「ひっどーい! 静雄さんが一緒に行くって言ったのに!」
そんな事言ったっけ、と若干冷や汗を流した。とはいえ此処でそれを告げるのは賢くない。それに二人には感謝したばかりなのだから意地悪する事も出来ない。
「そうだぞ臨也、むしろ俺が連れ出したんだ」
「ほら、静雄さんも言ってるじゃん!」
「どうせ我侭言ったんだろ? 大体シズちゃんもホイホイついて行かない。メモもメールも無いから吃驚したよ」
「……あ」
俺たちはお互い、家を空ける際には連絡を入れると約束している。だが滅多に俺が外に出ない為に、専らその約束は臨也だけが守っている状況だった。忘れていたと言えば印象は悪いが仕方ない。今現在、間違い無く臨也は怒っているから。その矛先が双子に向いているのか俺に向いているのか今は判断出来なかった。
「それは……悪かった。つい……」
「つい、ねえ? テーブルにグラスが二つ置いてあったからクルリとマイルが来たのは判ったけどさ、俺がどんだけ心配したか知ってる?」
「……ごめん」
まずい、このままだと怒られるのは俺だ。だが九瑠璃と舞流に罪を着せる訳にもいかない。二人は悪くないから。黙りこくる俺に臨也は追い打ちをかけた。
「ほら、二人ともとっとと帰りなさい」
「えー! 折角来たのに!」
「仕事があって構えないから。遊びに来るならまた今度な」
ぱっと手を振る臨也に、双子は憤慨する。そこまで言わなくてもと俺が口を開きかけると逆切れした舞流が九瑠璃の手を掴んで逆戻りし始める。
「お、おい! クルリ、マイル!」
「じゃーねー静雄さん、大好きだよ! イザ兄は大っ嫌い!」