彼の見た夢
帝人くんが出て行った。
後悔はすぐにしたさ、あんなに大切にしてたんだもの。
追いかけようとしたけど、自分の掌に残る違和感がそれを止めた。
ああ、叩いてしまった。
そんなに強くじゃない、帝人くんの頬だって赤くはなってなかった。
けれど、叩いてしまった、という事実がこれでもかというほど俺を責めた。
『僕のことを叩いたってかまいません』
帝人くんのその言葉に俺は背筋がゾッとした。
何故かって?帝人くんなら俺の暴力的な部分も受け入れてくれるとはっきりわかってしまったから。
その言葉に甘えてしまえば、俺は自分を止められなくなる。
いつも思ってた。
帝人くんの手足を切り落として、この部屋に閉じ込めてしまえたらどんなに良いだろう、て。
彼は強い、そして俺のことを愛してくれた。
だからもし俺がそれを実行したら、最初は泣き叫び俺を嫌ってもいつかは『仕方ない人ですね』と笑ってくれるのだろう。
それが怖かった。
俺にとって彼が全てだった。
いつからだろう、あんなに愛していた人間がどうでも良くなってきたのは。
たぶん帝人くんを好きだと実感してしまった頃からだ。
例えばこの世の人たちへの愛を1としたら帝人くんへの愛は100でもまだ足りない。
人間に順序を付けて愛するなんてこと今まで無かったから、帝人くんだけを愛してから俺の中で何かが変わった。
帝人くんの視界に入る人間全てが憎い。そう思ったら俺は全世界の人間が憎くなる。
いっそ帝人くんの目を潰してしまおうか、なんて、そんなことばかり考える自分が何より嫌いだ。
傷つけたくない、大切にしたい、嫌われたくない、
その反面、壊してしまいたい衝動がいつも俺を襲う。
その衝動を必死に抑えるために俺は今日も街へ繰り出して人々を陥れた。
帝人くんがそんな俺に怯えているのには気づいていた、でも大丈夫。
何かあっても俺なら上手く立ちまわれる。純粋で騙されやすい帝人くんなら。
でも、駄目だったんだ。
帝人くんのことを叩いてしまった。
思ったよりも俺のことを否定し過ぎる帝人くんに嫌気がさした。
だって俺には帝人くんの感情はわからない。
自分に関係の無い人が苦しむ姿にさえ同情できるのなら、今この瞬間にも飢えて死んでいく他国の子供にも常に同情しなきゃいけないじゃないか。
帝人くんは愚かで純粋で子供だけど、正義感が強い偽善者では無いと思ってた。
自分でも、驚くくらい帝人くんの考えてることを理解しようと試みていたみたいだ。
だから余計にわけがわからなくて苛立った。
帝人くんが居なくなった部屋で俺は何度も考える。
こんな最悪なシナリオって無いね。今までどんな相手でも上手に思い通りに動いてくれたのに。
本来ならそれよりも簡単な『自分』を思い通りに動かせない。
今だってそうだ、俺の心は何度も何度も帝人くんを探せと叫ぶのに、俺の体はソファに座りこんだまま立とうとしない。
俺のためを思うならきっと帝人くんを見つけ、そしてもう一生外に出られないように加工すれば良い。俺しか見えないし、俺しか必要無くなれば良い。
けれど、
帝人くんのためを思うなら…。
俺はもう二度と帝人くんに会わない方が良いんだろう。
そんなの嫌だ。
だけど、
俺はソファに座りこんだ状態から数日して、ようやく立ち上がって外に出た。
帝人くんが居ない日々が始まった。
帝人くんが居ないこと以外は何も変わらない。
好きなだけ寝て、好きなことをして、毎日ちゃんと俺は笑ってたと思う。
相変わらず人間は俺の手の中でもがいてくれた。
思い通りに世界が動く、それは、思ったよりも俺を自信付けさせた。
大丈夫だよ、帝人くんが居ないくらい、どうってことない。
それが俺の精一杯の強がりだったことはちゃんとわかってた。
何か少しでも刺激があれば一気に崩壊してしまう。
そのギリギリのラインで俺は日々を生きた。