人を呪わば穴二つ
舞台裏 嘘と真実
「仲の良い女の子ぐらいいるだろ? 例えば、出席番号順で席が隣の子とかさ」
正臣は、感情の無い声で言った。期待や好奇の視線に晒され、携帯を握る手が汗ばむ。
少し暑いと感じるのは、緊張のせいか残暑のせいか。空調が効いているはずなのに、嫌な汗が滲んでいた。
「俺が折原臨也と繋がってることを知ってるんだったら、俺があいつを、殺したいほど憎んでるのも知ってるんだろうな?」
正臣が臨也に視線を向けると、臨也はにやりと笑った。
ここは、臨也の池袋の事務所だ。一面ガラス張りの壁面から、池袋の街が一望できる。正臣の友人達も、このどこかで休日を過ごしているのだろう。同じ学校に通っているという臨也の妹達は、何を考えているのか、折角の休日をこうして臨也の元で潰している。
「何なら、証拠を聞かせようか? ほら」
正臣は、興味津々の様子で自分を見つめている二人のうち、九瑠璃の前に携帯を差し出した。しかし、九瑠璃が手を延ばす前に、舞流が何か言おうと口を開いた。その口を、慌てて臨也が塞ぐ。勢い余って、二人は傍のデスクにぶつかった。
「嗚(あっ)」
九瑠璃が、驚いて声を上げ、そこで作業していた波江が、迷惑そうに顔を顰めた。
臨也と舞流が、足で無言の応酬を始める。
「……これで信じたか?」
正臣は、呆れながらも部屋の隅に避難する。
「別に、お前をボコろうとか、そういうんじゃねぇから。……ま、二、三発殴りたいのが本音だけどな。ちょいと話しに出てきてくれたら、それでいいからよ」
壁にもたれ掛かり、正臣は密かに溜め息を漏らした。
――――――なんでこんなことしてんだろうなぁ、俺。
正臣が視線を向けると、ちょうど九瑠璃が臨也と舞流の仲裁に入るところだった。
「お疲れ様」
正臣が電話を切ると、それに気付いた臨也が労いの言葉をかけた。正臣からは逆光で見え辛いが、いつも通りの薄笑いを浮かべているようだ。さっきまでくだらない兄妹喧嘩に興じていたのが、嘘のような切り替えの早さだ。
「じゃ、俺、行ってきますから」
早々に出て行こうとする正臣を、臨也が引き止めた。
「本当に沙樹ちゃん預からなくて大丈夫? 何かあっても知らないよ?」
正臣は、僅かに表情を引き攣らせた。言葉の内容とは裏腹に、臨也はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべている。
「大丈夫です。もっと確実で安全なところに預かってもらってるんで」
正臣が振り払うようにそう言うと、臨也が首を傾げた。
「へぇ、どこ?」
「露西亜寿司」
「……なるほど、考えたね」
臨也は皮肉っぽく唇の端を歪めた。重苦しい雰囲気が漂う。
しかし、そんな二人の間を、緊張感の無い声が割って入った。
「お寿司食べたい! イザ兄連れてって!」
臨也の背中に、舞流が飛びつく。臨也はなんとか踏みとどまったが、その袖を九瑠璃が引っ張った。
「は? 無茶言うなよ。鉢合わせたらどうするんだ?」
「大丈夫だよう!」
「注(気をつけるから)」
妹達にせがまれて、臨也は何とも言えない表情を浮かべた。
「波江に連れてってもらえば?」
臨也の提案に、双子が揃って首を振る。
「イザ兄の言うこと聞いてるんだから、イザ兄が連れて行ってよ!」
「良(いいでしょ)?」
騒ぐ双子の声を背に、正臣は黙って玄関へ向かった。
妹達に押され気味の臨也は面白くもあるが、正直胸が悪くなる。まるで、普通の兄妹のようで。
玄関に辿り着き、正臣は履き慣れたスニーカーに足を突っ込んだ。固く靴紐を結ぶ。いつもは整然と並ぶ高そうな靴の中で肩身が狭いが、今日はスニーカー勢が奮闘している。転んでいた仲間を揃えてやってから、正臣は玄関の扉を開けた。外は室内よりも明るく、眩しかった。
――――――沙樹は大丈夫だ。俺も大丈夫。オールグリーン、だよな……。
正臣は目を細め、扉を振り返った。オートロックで鍵が掛かる。
――――――因果応報……。
電話口で告げた言葉を、正臣は心中で繰り返した。これは、沙樹が言ったことだ。
正臣が、帝人を探し回っていた時、沙樹は言った。
正臣が姿をくらまし、帝人たちが会いたい時に会えなかったから、今度は正臣が会いたい時に会えないのだと。だから、帝人達と同じぐらい、正臣もじたばたしないといけないと。
それが今のことなのか、正臣には分からない。