晴れでも雷
―スッ―
政宗の着替えが終わると、幸村は襖を開けて部屋の外に出た。片膝をついて次の指令を待っていた佐助に視線を向ける。その視線に気付き、佐助は顔を上げた。
「某も着替えてくる。佐助、某が戻るまで番を頼んだぞ」
「了解。ただ、早めに戻ってきてくんない?ちょっと気になることがあるから」
「気になること?うむ、分かった。」
幸村は一度首を傾げた後、大きく頷いてから体の向きを変え、回廊を歩く。その足取りは徐々に速くなり、仕舞いには走り出した。
「早くとは言ったけど、まさか走るとはね」
幸村の足音を聞き、佐助は苦笑した。
―ダダダダダ―
少しして、大きな足音が近づいてくるのが聞こえてきた。と、思いきやその音は徐々に小さく、ゆっくりとしたものになる。そして下を向いていた佐助に影がかかる。佐助の目には男の足と、赤い着物の裾が映った。
「戻ったぞ、佐助。待たせたな」
平然とした話し声を聞いて、佐助は立ち上がった。
「旦那、早くとは言ったけど、別に走らなくて良かったんだぜ?気を遣って離れてからだとしても・・・」
呆れた様子で口を開くと、幸村の行動を諌めた。諌めつつ、中の気配を探る。
「まぁ竜の旦那も起きていないみたいだし、いいけどね」
佐助が『竜の旦那』と口にした瞬間に、幸村は障子の方に顔を向けた。心配そうな顔をしながら。
「政宗殿は大丈夫であろうか」
「さあ?ま、俺様が言えるのは"ここに来てからは悪化してはいない"ってことくらいだな。それに、奥州にいる時だったなら右目の旦那が止めただろう」
言うと、佐助は軽く飛び上がり、庭へと降りた。すると彼の肩に黒い羽を持つ鳥が止まる。佐助は指で鳥の機嫌を窺う。鳥は気持ち良さそうに佐助の指に顔を寄せた。
「俺はこれから奥州に行って来ようと思う。右目の旦那が一緒に居ないってのがどうも気になる。おそらくは独眼竜が目を盗んで抜け出して、その結果・・・てところだろう。だがこれはあくまでも推察だ。確認を取っておくべきだろう」
「うむ、そうだな。政宗殿は某が看病しておるゆえ、佐助は早急に片倉殿と話をして参れ。原因がどうであれ、片倉殿にはこちらにお越しいただこう。頼んだぞ、佐助」
「御意」
一言残すと、佐助は一瞬で幸村の前から消え、空に影を作っていた。それを見送った幸村は音を立てずに部屋に入る。襖を閉めると一直線に政宗の横へ行き、座った。唯ジッと政宗の顔を見る。すると幸村は何かに気付いて政宗に手を伸ばす。静かに眠る彼の顔には毛が数本、汗によって張り付いていた。それを取ろうとしているようだ。幸村の手が政宗にそっと触れる。刹那・・・