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行間で恋をする(旧『まだ気づかない』)

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 上客への世辞と思われても嫌だったので、感想も添えようと思った。とは云っても弁論は帝人の不得手とする分野なので、必死に言葉を探していた帝人に、臨也はけろりと云った。
「君、俺の本読んでくれてたの?ありがとう。感想?うん、其れは君の心の中に仕舞っておいてよ。というかね、俺の作品に対する感想なんてのには興味が無いんだ。或る人は面白かった、或る人は感銘を受けて人生が変わった、或る人はあまりの詰まらなさに本を壁に投げつけたと、各々其れで良いじゃない。内容をどう解釈しようが読み手の自由なんだから、俺がけちを付ける権限も無いし」
 帝人は知った。折原臨也などという、それこそが筆名みたいな名前が彼の本名で、憧れの作家が実は結構、いやかなり面倒臭く歪んだ性格の持ち主であると云う事実を。
 自分の作品に愛が無い訳でも無いが、寧ろ、無頓着とか無関心と云う言葉が当て嵌まる。別段執筆活動が好きで文筆業に就いたのでも無いらしい。
「作家てのは飯の種だよ。人間観察って趣味が高じた結果さ。人生、何が役に立つか分からないものだねえ」
 男はあははと軽薄に笑って、帝人の前ですさまじい早さで一篇の小説を書き上げた。帝人は今でも彼の著作を読むたびに、彼の本性が頭を過ぎって今までみたく純粋に作品を愉しめない。けれども其れは其れとして、彼の作品の面白さは霞まない。癪だなあと思いながらも、今でも帝人は彼の愛読者である。
 以前よりも折原臨也の人となりが分かってきて、どうもこの人に気に入られてる?と気づいたある日の昼下がり。連載物の何話分か仕上げて気分が良かったらしい臨也は、珍しく毒ッ気の薄い様子で云った。
「飯の種なんて正直何でも良かったんだ。でも、今でも君が俺の小説を読み続けてくれてるって分かった時は、この仕事を選んで正解だったかなって思ったよ」
 其の時の帝人には、臨也の言葉の意味は分からなかった。





「気をつけてね帝人くん」
 ひらり、文字の詰まった原稿用紙が畳の上に落ちる。帝人は原稿を取り上げる。著者の承諾を得て、世界中の誰よりも早く彼の作品を読ませて貰うのだ。気をつけてねと、云われずともおっかなびっくり、壊れ物でも扱うが如く原稿用紙を手に収める。
「はい、端っこを持たないと原稿が汚れて大変ですからね」
「君の手を汚しちゃ大変だからね」
 双方の『大変』な点がずれている。ずれ、は今に始まった事では無いのだがまだ気づかない。双方共に。

 臨也は基本的に一発勝負で原稿を仕上げる。万年筆を取った時点で、起承転結の全ての流れが頭の中で出来上がっていて、彼は機械的にそれを文字に起こしているだけだ。頭を使わず出来る作業は退屈だった。手を動かしながら横目で盗み見れば、原稿用紙の向こうに見える帝人は此方もつられてしまうほど真剣な眼差しで文字を追っていた。物語の転調部分。ほわり、少年の表情が和らいだ。
 書き終えて、息をついて。遠くを見つめて。臨也は呟いた。
「最近やっと、文章を書く面白さが分かった気がするよ」
 何を今さらと帝人は思った。この若さ(たぶん二十代前半)で何十冊も本を出してもらって。出す作品が悉く増刷されて。何かの賞も幾つか受賞していて。熱狂的な愛読者まで抱えていながら!
「ええと、」散々躊躇した挙句、
「とりあえず、夜道には気をつけて下さいね」としか云えない帝人だった。臨也がこの調子じゃあ、闇討ちに遭っても不思議はない。

 臨也は自分の作品を愉しんでいる帝人を見るだけで、向こう一週間分の満足が得られた。彼はこれも、いつもの趣味の人間観察の一環だと思っている。他人の観察に長けた男も、自分自身は正しく見通せていないらしい。

 自分の創作物の内容に一喜一憂する帝人に、見ていた臨也までつられながら、夏の旅行に想いを馳せる。出版社には缶詰め旅行だと伝えたが、その実ただの休暇に行くつもりなのだ。もちろん仕事はするけども。
 この子がよく臨也に付き合ってくれるのが、臨也をただ「大事なお客様」だと思っているだけなら、流石の臨也もちょっと傷つく。
 もういいよね。本気出しても。
 冷静な仮面の下で知略を張り巡らす。
「愉しみだねえ」
「そうですね」
 にっこりと笑う帝人の笑い方は、作り笑顔の類では無いと臨也は知っている。俄然、やる気も満ちてくる。

 二人っきりの避暑地で、さあてこの子を如何してくれようか?




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