無薬旅行(いらずとび)【池袋大戦発行】
「俺もその方がいいと思いますよ」
飾られていたフルーツを摘みながら青葉も追従する。
「じゃあ、来週金曜日の夜からってことでいいかな、場所は部屋でいい? ホテルにしようか?」
先に延ばせば帝人の猛攻が続くだけだ、ならば早く解決させた方がいい。臨也としては、まだ性行為はまだ早いと思っていた。むしろ、同性同士であることで、そこは求めることはないだろうと思っていた。頃合いを見てこちらから誘えばということはあっても、まさか帝人から求めてくるとは思わなかった。
臨也の性欲は薄い方だ。若い頃からの荒淫が祟り、今では解脱でもしたかのようにその欲求が沸かない。生理現象でもあるから、必要であればその場に応じてすることもあるが、自分から積極的にということはもう無かった。
射精の悦楽など一瞬だ。持続することはなく、ただ上り詰め、吐き出し、捨て去られるだけのものだ。それよりも、もっと快いモノを臨也は知っている。長く続く、永遠に続くモノを知っている。
性交で得られる愉悦よりも、帝人と付き合うことで得られる興奮の方が何十倍も、何万倍も臨也を昂ぶらせる。
「わかりました。うーん、初めては彼氏の部屋でって言うのが統計では多かったので、臨也さんの部屋がいいです」
「了解。あっ、今、事務所だめなんだよな~」
ホテルなどを望むだろうと思えば、帝人はあっさりと臨也の部屋を指定してきた。そういえば、まだ帝人を部屋兼事務所には案内したことはなかった。波江の正体を知っている帝人を連れて行くわけにはいかないし、色々と問題もある。まあ、その事務所は今、移転しもっと帝人には教えられない場所に存在している。
「なにか見られて不味いものでもあるんですか? 叩いても埃しかでないでしょうけど」
姿形だけは少女にしか見えない青葉が口を挟む、流石に声だけは少女のそれを真似することはできないようだ。
「いやぁ、シズちゃんに乗り込まれちゃってね」
「ふぅーん」
あながち嘘でもない言葉を吐き出せば、疑惑の眼差しで帝人が見つめている。
「本当だって、帝人君」
理由は別にあるが、状況にたいした嘘はないと言う意味で囁いても帝人の表情が晴れることはない。
「いくつか物件は持ってるからさ、その一つを専用にするよ。邪魔されたくないだろう?」
「いいですけど」
不服そうな表情はするが、新たな提案に好奇心を隠せない帝人の瞳が輝いている。他にもあることを教えたくはなかったが、全て違う名義で抑えている物件ばかりだ。早々足がつくことはないだろう。教える用の物件を整えないと、臨也の脳裏ではリストアップが始まっていた。
「セーフハウスを数軒所有っと」
「なにそこで、メモしてるのかな? 後輩君」
「今後の参考にさせて貰うだけですよ。気にしないでください」
取り出した携帯に手早く打ち込む青葉に臨也は声を掛けたが、彼は明らかな作り笑いを浮かべて答えるだけだ。彼、と言うには余りにもそぐわない姿の青葉はよく化けていると思わずにはいられない。
帝人曰く天使のような美少女は、よく人の視線を集めている。邪魔者でしかないデートの乱入者だが、その存在は意外と役に立っている。彼の、いや彼女存在一つで怪しまれることが無くなっているのだ。それを青葉自身も理解しているのだろう。正体がばれた今でも彼は、女装を続けている。
「そんなわけだから、好きに使っていい証に合鍵もあげるからね」
「ありがとうございます。二つ貰ってもいいですか?」
「二つ? スペアかな」
「一つを複製すればどうですか? 先輩」
手頃な物件を一つ脳内でピックアップした臨也は、その一つを彼等に使っても良いと提案した。帝人はそう言ったサプライズを喜ぶだろうし、彼等もポロは出さないだろうが、手元で監視することには変わりはない。
それにしても、二つ欲しいという帝人の真意が解らない。それとなくスペアが欲しいのならば、青葉が言うように隠れて複製すれば良い話だ。あえて臨也に許可を取ってスペアを作る理由もわからずに、臨也は帝人の反応を待った。
「そっか。でも、臨也さんから貰った方が嬉しいかなって、青葉君も」
「えっ?」
「えっ、俺?」
その衝撃の帝人の回答に、臨也と青葉は同時に声を上げた。青葉に至っても己を指で指している。
「そうだよ」
酔狂としか思えない帝人の言動に驚く二人を尻目に、帝人は何がおかしいのも解っていないのか、それとも気付いていないのか淡々とした声で答えた。それも、至極当たり前だと言わんばかりの態度でだ。
「ちょっと、ちょっと待って、帝人君」
「あの……、先輩いいですか?」
「なぁに?」
ほぼ同時に発せられた臨也と青葉の制止の声に、帝人は小さく首を傾げた。
「なんで俺の分も必要なんですか?」
その後、言葉を続けたのは青葉だった。
「行くときに便利かなと思って」
「その時は先輩と一緒に行きますよ。でも、なんかあった時用にあるといいのかな?」
既に鍵を渡す当事者である臨也の意志を無視して話を進める帝人に、青葉はそれとなく否定した。臨也としても、帝人に渡す理由はあるが、青葉にはそんな理由も、意味も無いのだ。むしろ、居ない方がありがたいというのに、何故拘るのかが解らない。
ここまで青葉を同行させたいと思う背景には、なにかこちらを警戒しているのではないかと勘ぐってしまう。彼の心は掌握したと思うが、その範囲を超えることがある少年だ。
怪訝に顔を顰める青葉と臨也とは対照的に、一人納得した面持ち帝人は新たな言葉を発した。
「あっ、もう一つお願いがあるんだけど青葉君」
「なんですか? 先輩」
突如変わった話題に、青葉は首を傾げながらその先を促した。
「アリバイ頼んだよ、来週末の」
「了解しました。なにか聞かれた時には、うちに居たということにしておきますね。丁度、母もいないのでばっちりです」
一人暮らしの帝人にアリバイなど必要ないだろう、親へのアリバイではなく他へのアリバイなのだろう。臨也の脳裏に赤く瞳を光らせた園原杏里の顔が浮かんだ。
「うん、よかった。なら、青葉君は僕のところに居たってことでいいね」
「はい?」
それともこれも彼の言うところの『統計』のうちなのだろうか、確かに友達にアリバイを頼んで彼氏のうちでお泊まりというのはあり得る話だ。だが、そこに第三者の、青葉のアリバイは必要ないはずだ。
「帝人君、会話中悪いんだけど、お兄さん少し青葉君に同情しちゃいそうだよ」
驚いた表情で奇声を発した青葉に、流石の臨也も少しだけ同情を示した。だが、それは直ぐに新たな楽しみの糧へと変化した。
あからさまに愉悦を込めた臨也の表情に、青葉は前進から不快感を隠すことなく睨み付けている。せっかくの愛らしい少女の姿も台無しだ。だが、直ぐにその感情を押し殺して帝人に問い掛けた。
「先輩、もう一つ質問いいですか?」
「構わないよ」
「俺も、来週末行くんですか?」
「そうだけど……」
当たり前の事を何故確認するのかと言いたげな帝人の前で、青葉は大きな溜息を一つついた。
「あの……、先輩とそいつとの初夜ですよね」
「やめてよ、青葉君。初夜とか恥ずかしいよ」
作品名:無薬旅行(いらずとび)【池袋大戦発行】 作家名:かなや@金谷