俺が君に恋した理由
ミカドくんとの二人暮らしは予想以上に快調だった。
俺の出来ない炊事洗濯それらのことは全てミカドくんがやってくれたし、金は一高校生に渡すには多すぎる金額を父親は振り込んだ。
「もう関わってくれるな」という意味の手切れ金なんだろうな、俺はそう思いつつありがたく使わせて貰う。
それを資本にしてのマネーゲームはなかなか面白い。
あっという間に日々使いきるには難しい量の金が手に入る。
正直欲しい物は無かったし、ミカドくんも何も欲しがらないし、有り余るそれらは俺たち二人には無意味だった。
けれど、
世の中の人間にはそうじゃない。
数万を盗むためだけに人一人が殺される事件だって起こりうる世の中だ。
俺が金をちらつかせると大嫌いな人間達がまるで道化師のように踊り狂うその姿が楽しい。
俺みたいのをきっと最低、と、人は言うんだろうね。
だけど俺は平気だった。
だって嫌われようが憎まれようが俺を好いてくれるものがこの世に一つはある。
「ねぇ、ミカドくん。」
「なんですか?臨也さん。」
「今日、やっぱりカレーがいいな。」
「…少し時間がかかりますが、それでもよろしければ。」
ミカドくんは申し訳なさそうに笑う。
最初にハンバーグが良いと言ってその準備をさせたのは俺だ。
もしもミカドくんが人間ならばこういうだろうね。
『今日は我慢してハンバーグを食べて下さい!』って。
でもミカドくんは絶対そんなこと言わない。
俺の我儘を我儘だなんて思わないし、俺に反抗しないし、俺を嫌わない。
例え俺がどんなに最低な人間になってもね。
それは絶対的な安心感。
「ねぇ、ミカドくん。」
「なんですか?臨也さん。」
「俺のこと、好き?」
「好きですよ。」
彼はカレーを作るためににんじんを手に持ったまま俺に微笑んだ。
相変わらず人間という生き物は嫌いだったが、俺は年頃の高校生男子だった。
俺の母親と父親が愛は無くとも性欲があったのと同じように俺も性欲の余る年頃だった。
「…臨也さん。」
俺はびっくりして振り返る。
高校に居るのに、ミカドくんに呼ばれたのかと思った。
そこに居たのは見たことも無い女子生徒だった。スカーフの色からして後輩の子だと思う。
「何?誰?」
「あ…。」
そう言ったまま彼女は目線をうろつかせて何も言わない。
「俺もう行って良い?」
「あっ、まっ…。」
「用、あるの?」
俺の突き放すような言い方に彼女は泣きそうになりながら、口を震わせた。
「好き、なんです。」
「・・・え?」
「私、臨也さんが好きなんですっ…。」
今思い出そうとしても、その子の顔さえ思い出せない。
けれど俺は珍しくその子とは何度か会ったと思う。
それまで一度寝た相手とは関わりさえ断ち切っていた俺にしては珍しく。
「…臨也さんて、好きな方がいらっしゃるんですね。」
「いるわけないよ、何言ってんの君。」
その子と何度か寝た後のことだった。彼女は情事のあと、突然そんなことを言い出した。
「・・・そうですか。」
「俺は人間が嫌いなんだ。」
「…。」
少女はいったん黙る。そうだろう、自分の存在を拒否されたようなもんだ。
「っ、でも、臨也さん家に帰った後私と会うといつも機嫌が良いから。」
「え?」
「家に、大事な人でもいるのかなって…。」
そんなことを言われれば思い浮かぶのは1人だ。
「・・・そんなわけないでしょ、俺独り暮らしだし。」
思い浮かんだ顔を消して、俺はそう言った。
「おかえりなさい、臨也さん。」
「ただいま、ミカドくん。」
上着を脱いで、ミカドくんに手渡しながら、俺は思いついて言う。
「ねぇ、ミカドくん。」
「なんですか?臨也さん。」
「俺のこと、好き?」
「好きですよ。」
ミカドくんは変わらず微笑む。
けれどその日初めて俺はそのやり取りをしても心が晴れなかった。