俺が君に恋した理由
「いぁ、や、さん…っい、ざや、んっ。」
途切れ途切れに俺を呼ぶ声、それはあの子だと思った。
俺に抱かれるまで男を知らなかった少女は抱かれながらただ馬鹿みたいに俺の名前を呼んだ。
可愛かったかと問われれば「…そうでもない気がする。」と答えられるくらい平凡な子。
でもその平凡さが良かった、良く似ていて。
・・・誰に似ているかなんて、自分が一番わかってる。
自分の下で喘ぐ少女が一瞬にしてミカドくんに変わる。
ああ、違うよ、違う。俺はそんな意味でミカドくんが好きなわけじゃない。
だってそんなの無意味過ぎるじゃないか、彼は、否、アレ、はただのアンドロイドだ。
俺が彼に欲情してどうする?
俺のこの気持ちはそう、女の子が可愛いお人形を愛でるような、そんなもので充分なんだよ。
だって、彼は人間じゃない。
パチリと、いつもの俺とは思えないほど一瞬で目が冴えわたった。
心臓がバクバクしている。呼吸も荒いし、汗もかいて服がへばりついて気持ち悪い。
俺がベッドから起き上がると、ミカドくんが近づいてきた。
そうだ、彼は眠らない。人間じゃないから。
「おはようございます、臨也さん。」
「…おはよう。」
俺の様子がいつもと違うことにミカドくんも気が付く。
「・・・嫌な夢でも見ました?」
「ああ、最低な夢を見たよ。」
「お水を持ってきますか?」
「うん。」
キッチンへ向かうミカドくんの後ろ姿を見て、今、俺が彼を背後から襲ったらミカドくんはどんな顔をするのだろうか、そんな馬鹿なことを考えた。
それから俺はミカドくんに極力関わらないようにした。
彼の言葉に何一つ返事をしなかったし、彼に何も言わず家に帰らない日もあった。
次の日帰ってキッチンのゴミ箱を見ると、昨日の夕食だったものだと思われる残飯がある。
けれど、ミカドくんはそんなことは気にせず俺への態度も変わらなかった。
そりゃそうだろう、俺が体調を崩したりしない限り、彼は俺に関心なんてないのだから。
そう、プログラムされてるんだ。
でもミカドくんから離れれば離れるほど俺のほうはなんだか辛くなった。
「好きですよ。」そう言って微笑むミカドくんの表情が浮かんでは消えて行く。
あんなものただのプログラムだ。そう、そこに愛は無い。
愛が無いからこそ変わらない永遠だと、自分でそう言っていたじゃないか。
自分で自分の感情がわからなくなる。
だって、何かがおかしい。
ミカドくんは俺が好きで、俺もミカドくんが好きだ。
それはもうずっと前からそうだった。
じゃぁ何が変わった?
・・・俺が、変わった?
これ以上考えるのはマズイ。
自分の中で警告音が鳴る。頭の中が真っ赤になって考えることを放棄すべきだと誰かが叫ぶ。
そうだ、よくない、だって、彼はロボットで、俺は、
そうか、俺は、人間だった。
違いはそこだった。
最初から違っていたのだ、彼の好きと俺の好きは。
だって、ミカドくんの言葉に愛が無いとすれば、俺の言葉には全て、初めからだ、あの、ミカドくんを見たあの瞬間から、
愛は、そこにあったんだ。
その瞬間自分の足元が崩れて行く感覚がした。
それは永遠だと絶対だとそう信じていたものがただのガラクタだった、そんな感じ。
途方も無い喪失感だった。
俺はミカドくんを愛しているのに、ミカドくんの言葉は全て違う。
そう、その言葉は嘘ではない、けれど本当でも無かった。
そんなこと初めから知っていたのに。
「ミカドくん、ねぇ俺のこと好き?」
「好きですよ。」
「どれくらい?」
自分でも馬鹿なことを言っていると思う。
だってミカドくんはプログラム通りにしか行動しないし話さない。
けれど俺は夢を見ていた。物語でよくあるだろう、人の心を持たない人形がいつのまにか人間になっている、そんな夢物語。
ミカドくんは少し考えている、正確には彼の人工知能が考えている。
「…臨也さんが僕のことを思っているのと同じくらい好きですよ。」
それはこの上ない残酷な答えだ。
「じゃぁ俺とセックスしたい?ねぇ、俺はミカドくんとセックスしたいみたいなんだ、どうしよう、ミカドくんを思うだけで体が熱くなる、君もそうなの?」
「臨也さん、僕はセクサロイドとしての機能は付いていません、ですからその場合カスタムアップしていただかないと…。」
「違うよ!そうじゃない!!」
「臨也さん?」
ミカドくんが首をかしげる。その姿もものすごく愛しいと思ってしまう。
実際にセックス出来るかどうかなんてどうでもいい。
ただ、ミカドくんが俺と同じように考えてくれるのなら俺と同じようにおかしくなってしまうこの感覚を感じてくれてるかどうか、それが知りたい。
愛しくて苦しくて切なくて遣り切れなくて、なんともこの歯痒い感じを、ねぇ、君も知ってるの?
「おかしくならない?俺を見ると体が熱くなって倒れてしまいそうになるけど、もっと俺を見ていたい、ねぇ、ミカドくんはそんな風になる?」
「…臨也さん、それは・・・。」
ミカドくんが言い淀む。
そして、困ったように笑った。
「故障のお話ですか?」
夢物語は所詮夢物語だ。
「ねぇ、ミカドくん。」
(なんですか?臨也さん)
「俺のこと、好き?」
(好きですよ)
気が付いたらミカドくんは首だけになっていた。
赤黄緑カラフルな長いコードが飛び出し、時折バチバチと音を立てる。
思いっきりトンカチで殴ってやった。ミカドくんは壊れて行くその間もずっと微笑んでいた。
『好きですよ。』そう言った後の微笑みで。
プログラムで指定されただけの微笑みで。
「ねぇミカドくん、好きって言って?」
「・・・どうしたの?ねぇ、いつもみたいに、言ってよ。」
「ミーカード、くん?」
「あーあ、壊れちゃったね、君。」
きっと、この時俺も一緒に壊れたんだ。