小さな花~白詰草~
「カルラお姉ちゃ~ん」
ぴこぴこと色とりどり咲き乱れる花畑の小道を走りながら、少し離れた木陰に座っているカルラに手を振るアルルゥ。先程までの涙の影は、今はもう見えない。
「あら、綺麗にできましたわね」
アルルゥの頭を飾る白い花冠。
トウカの踏み付けた後の物しか見てはいないが、踏まれる前の物と比べても、こちらの方が格段に上手に出来ているであろう事がわかる、アルルゥの満面の微笑み。
カルラのいる所まで走ってきたアルルゥは、その隣に座り、手許を覗き込む。
「カルラお姉ちゃんも、かんむり?」
「うふふ、秘密ですわ」
器用に編み込まれていく、色とりどりの花。
アルルゥの使った白い花とは違う、茎を曲げるのにコツの必要な物ばかりが使われている花輪。
不思議そうな顔をして手許を覗くアルルゥの頭に、先に作った花冠をのせる。
「カミュの分は作らなくてよろしいの?」
皇城から出るさいに、ムントに捕まったカミュ。
「こっちの花冠、ちゃんとユズっちに渡しておくよ~」と手を振りながらムントに引きづられていった。
今頃は宿題の山と睨めっこをしているか、上手く逃げ出してユズハの部屋でお茶でも飲んでいる頃だろう。
「ん、作る」
耳をぴっと立てて新たな目標、『カミュにも花冠を』に向かいアルルゥは腰をあげた。
アルルゥが先程までいた白詰草の群生地。
その丁度反対側で、トウカも花と奮闘していた。
(……確か、ここを……このように捻って……)
先程見た花冠の現物を思い出しながら、見よう見まねで手を動かしている。
その出来は……踏まれた後の花冠よりもいびつに曲っていた。
当然の結果かもしれない。
思えば幼い頃から剣の修行に明け暮れ、女の子らしい遊びをしたことなど一度もなかった。そして、見覚えのある花冠は、すでに自分が踏み付け、潰れたものだけ。これでは、綺麗な花冠など作れるはずがない。
少し離れた所にいるカルラは綺麗な花冠を作っているようだが、彼女に作り方を聞くのは、なんとなく気が引ける。まず最初に「こんな簡単な事もできませんの?」とからかわれるだろうことが容易に想像できた。
そのような屈辱を受けるぐらいなら……っと、力いっぱい手を握りしめていたことに気がつき、手を開く。
散々苦労して作った、どうにか形らしい形になりつつあった『物』は、握りしめられ、見事に潰れていた。
どうやらカルラに作り方を聞いて、からかわれるのが嫌だ……などと言っている場合ではないらしい。
(聞くは一瞬の恥じ、聞かぬは一生アルルゥ殿に嫌われたまま……)
意を決して腰をあげ、ふっと思い出す。
昔一度だけ、花冠をもらった事があった。
幼い頃、エヴェンクルガの里で……
『はい、トウカちゃんにあげる』
ふわりと頭にのせられた、白い花冠。
はにかみながら微笑んでいるのは、隣の家の少女。
『ありがとう、リンチャン殿』
微笑みながら、礼をのべるトウカ。
『一番きれいにできたから……』
もじもじとしている『リンチャン』の後ろからもう1人。
『あ、リンちゃん。トウカちゃんにあげたの?』
『うん』
『じゃあ、トウカちゃん、トナリの作ったのも貰ってくれる?』
差し出された、白い花冠…
(リンチャン殿にトナリ殿……今頃、きっと元気に……)
花冠から完全にそれた思考で、トウカはある事に気がついた。
(某はずっと『リンチャン殿』と呼んでいたが……本当は『リン殿』が正しいのでは……)
懐かしい隣人の姿を思い浮かべ、しばし考える。
確かに、自分の両親も友も『リン』と呼んでいた。
つまり、『リンチャン』と間違った覚え方をしていたのだ。自分だけが、ずっと。
(そ、某としたことがぁ~!!)
己の間違いに気付き、両手でこめかみを押さえ、うなだれる。
無理もない。
生まれた時からずっと一緒にいた隣人の名前を、今の今まで間違えて覚えていたのだ。
「何を遊んでいますの?」
頭上からかけられた、どこか呆れたような声に、トウカは現実に引き戻された。
「せっかく……名誉挽回の機会を作って差し上げましたのに……」
目を細め、トウカの握りしめている『花冠』に一瞥。
「かわりに作ってさしあげましょうか? 今のままでは、日が暮れてしまいますわよ」
「折角の申し出だが、こればかりは某が作らなければ意味がない。」
カルラに頼み、綺麗な物を作れば……アルルゥは確かに自分を許してくれるかもしれない。しかし、そんな解決の仕方は一時しのぎにすぎない。知らぬ事とはいえ、アルルゥが心を込めて作った物を侮辱し、あまつさえ壊してしまったのだ。他人に作ってもらった物で、仲直りしようなどと……そんな情けない真似はできないし、それこそ自分が許せなくなる。
「あら、そうですの……」
最初からトウカの返答がわかっていたカルラは、その言葉に満足し、微笑む。
「……でも、先程のアルルゥの花冠より綺麗作らなくてはダメですわよ。
あなたはアルルゥに『ゴミ』を渡すおつもりですの?」
「ゴミっ……!」
カッと頭に血をのぼらせ、威嚇するように耳を広げる。
「ゴミとはなんだ、ゴミとは。これは某が心を込めて……」
「……ゴミ、ですわ」
静かに手許を覗き込むカルラにつられて、自分の作っていた『花冠』を見るトウカ。
確かに、どう贔屓目に見ても……ゴミとまではいかなくとも、花冠とは言い難いかもしれない。
そして、気がついた。
今カルラに言われた事は、自分がアルルゥに言った言葉と同じだと。
「それにしても貴女、力の加減というものを知りませんの?
それでは花が折れてしまいますわ……」
いつもの人をからかう口調で隣に腰を下ろしたカルラは、せっせと自分の花冠の続きを編みはじめた。
時々、トウカの邪魔をするように口を挟むカルラ。
それらに反論しながらも、少しずつ花冠を完成させていくトウカ。
カルラに邪魔をされているようで、さり気なくコツを教えられていることに、トウカは気付いていた。
普段が普段なだけに、面と向かって礼を言うのは躊躇われたが。
カルラの親切に応えるためにも、綺麗な花冠を作らねば、と改めて気合いを入れた。