スプーン一杯分の嘘。
「確かに、以前、コッシーに学生時代に大人に連れ回されたって話はしたことはあったよ。でも、それは……」
「はあ」
くすん、と笑いの名残に鼻を鳴らして、吉田が説明を加える。未だに男の反応に理解の追いつかない赤崎がぼんやりとしているのを見て、吉田は些か気障な仕草で片目を閉じた。
「ボクのイタリアのノンノ……つまりおじいちゃんなんだけど」
「は?」
いたずらの種明かしをするような、どこかわくわくとした顔つきに赤崎がますますぽかんとすると新たな笑いの発作に肩を揺らして いいねザッキー、などとふざけた台詞を投げかけてくる。
「だからね、イタリアからやってきたノンノが練習を見に来て、そのまま一緒に帰ろうってことはあったよ?」
「それじゃ、仲間の前で恥ずかしい目に……ってのは」
「ああ、ノンノのこっちのお友達に紹介したいから、って連れて行かれてみんなからキスやらハグやら、もう参ったよ……だってもうみんな、ノンノ・ノンナでいい年だからねえ」
「ってことは、つまり……」
「つまり、コッシーが勝手に誤解していたってことだよ。困ったもんだ」
ねえ? と微笑む吉田の顔は、言葉ほどに困った風には見えない。どころか、長い睫の縁取る瞳は楽しげにきらきらとしている。それを見て、赤崎は悟った。
吉田はわざと、村越相手にミスリードを誘うような発言をしたのだろう。
考えてみれば、自ら王子を名乗るほどプライドの高い吉田が、このような不名誉な噂を何年も放置しておくはずがない。もし仮に事実だとしたら、尚更、噂を打ち消そうと積極的に表に出ようとするだろう。
それをわざわざ噂を認めるような行動を取っていたのだ。そうだとしたら答えは一つで。
「はぁ……」
「ちょっと、ザッキー?」
溜め息混じり、大きく息を吐き出して赤崎はずるずるとその場にしゃがみ込んだ。
先ほどまで感じていた気負いが、足下から抜けていくのを感じる。同時に、なんとも言えない虚脱感が赤崎を襲った。
「あー……! もう! なんだ? このっ!」
「どうしたって言うのさ。もう、勝手に叫びだして」
果たしてこれは ふざけんな、なのか 良かったなのか。
言葉にならないもやもやを、とりあえず思いついた言葉に乗せて叫び、赤崎は目の前にすんなりと伸びた吉田の長い臑を握ったままだったスプーンの背で叩いた。こつん、と間抜けな音がする。
「なんだい、ザッキー空腹なのかい?」
「うるせェ……」
痛いよ、と文句を言う男に今ばかりは構うものかとこつこつと吉田の臑をスプーンで叩き続けた。
作品名:スプーン一杯分の嘘。 作家名:ネジ