月の影を越えてゆく
屋上への扉を開く。相変わらず高いところが好きなクラスメイトは、風になびく髪を抑えながら振り返った。
「あなたが望んだ現実よ?」
「ああ。それでも、あいつがいないなら、俺にとっちゃこっちが夢なんだよ」
「それで、どうするつもりなの?」
「あいつに逢いにいく」
「呆れた」
「世界を越えるって何だ?何か手があるんだろ?それとも、自称紅き魔女さんでも歯が立たねえってか?」
「知らないわよ。嫌な男」
「パンドラに代わる何かがあればいいのか?」
「…光の魔人のいる世界じゃないと意味がないんでしょう?特定の世界を引き寄せたいのなら、そんなやり方はお勧めしないわね」
「そりゃそうだ。子どもになる薬でも開発すればいいのか」
「そんなものじゃなくて、あるでしょう。二つの世界の接点、奇跡的な相似性を持つ、引き合う存在が」
「相似性…?」
「お粗末な頭ね。白い怪盗と、時間を戻された探偵。出会ったのは、何の日だったかしら?」
「そうか!今日何日だ!?」
「あら、今度は早いじゃない。でも、そんなの私に聞くことじゃなくてよ」
慌てて携帯を取り出して、画面に記された日付は3月31日。
二人の男が偽りの姿で出会った日。それは、すべての偽りが許される日。愚か者のための祭典。
鍵は、快斗が執拗に手放さなかった記憶。夢の形で繋がった糸が、魔女には見えていた。
「わかってるのかしら」
「それとも信じてるとでも?」
どんなに必死で怪盗が舞台を整えたところで、光の魔人が現れないと意味がない。
そして、仮に現れても、工藤新一ではだめなのだ。奇跡は起こらない。
不遜な泥棒は信じているとでも言うのだろうか。彼の最大の敵を。
始まりの夜をもう一度などと。
ー捨てるんじゃない。俺は選ぶんだ
俺はもう、果たさなければいけない悲願も、使命もなにもない
何もないなら、もう選べる
守りたい人を守りに行くだけだ
白い鳥が羽ばたく。
夜と月に縛られた幻影ではなく、すべての鎖を打ち砕いた男が翔けていく。
取り残された災厄は、立ち尽くしてその姿を見送った。
魔女は、水晶越しにそれを見ていた。
「そして、どんなときも、あなたは私を選んではくれないのね」
紅い魔女の呟きは届くことすら許されなかった。