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豊穣への詫び状

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「今の時期って本当に端境期だよ。あんまり見るものがなくて……ススキの穂は秋らしいけど、萩がまだだとどうも締まらない」
 イヅルが腕を組みつつ難しい顔をする横で、恋次はどっかりと縁側にあぐらをかくと、まんざらでもない、と言わんばかりの笑みで庭を見渡した。わずかに花をつけ始めた前栽の萩を見やり、穂を風になびくススキの群れのやわらかな穂にまなじりを細め、つい、つい、と空を横切るトンボを追う。
「庭なんてのはなぁ、そこにあるだけでいいんだぜ? 戌吊にはまず、庭なんてねぇから」
 屋根のついた門扉や、整然と組まれた櫺子格子(れんじごうし)の構えに対して感じる気後れはぬぐえないが、貴族らが作る美しい庭は文句なく愛することができる。雑踏の喧噪はぼかされたように角を失ってこだまし、吹く風は街で浴びるそれよりもずっと清々しい。客間からぶら提げるように持ってきた湯飲み茶碗をあおり、少し冷めてしまった煎茶をごくりと飲みこむと、恋次は枯れ落ちた夏の花を拾いに行くイヅルの背をぼんやりと見つめた。
 イヅルは縁側に戻ったかと思うと、「ごめんごめん、やっぱり人に見せてると、ちょっとしたところが気になってね。僕は台所に行くけども、庭、好きに見てていいよ。すぐ帰ってくるから」と言い残し、恋次の横をするりと抜けて屋敷の奥へと足早に消えていった。

 恋次は足もとの沓脱石へと視線を落とし、先ほどまでイヅルが履いていた桐下駄のとなりに、あまり使われた形跡のない下駄を見つけて鼻緒に指を引っかける。やはり来客用であったらしく、白い鼻緒はまだ堅く締まっていた。
「ん、葛」
 ひっそりと植えられた葛は、咲き初めた萩と入れ替わるように実をつけており、かがんで低くなった恋次の視界にその小さな莢がちらつく。彼はすっくと立ちあがって庭に出ると、備えつけの水盤に落葉が浮かんでいるのを見つけた。見上げた先にある桂の老木も楓の若木も、その樹冠のあたりから少しずつ色づき始め、もう一二週もすれば庭はすっかり秋めいてくるのだろう。たいして広くはない園内を逍遙していると、やがて馴染みの霊圧とともに床を擦る足袋の音が恋次のもとに届いてきた。
「なにかおもしろいものでもあったかい? 新しいお茶と、お茶請け持ってきたからおいでよ」
 戸袋のかげから吉良家の当主は姿を現し、手に持った盆を軽く掲げて客人へと見せる。そこには湯飲み茶碗が二客と急須がひとつ、そして皿に載せられた握り飯とがあった。
「あんがと……握り飯の中身はなんだ?」
「ないよ。あえて言うなら塩味かな」
 いつの間にかのべてあった座布団に座って茶を置くイヅルの前に立ったまま、恋次は半瞬絶句する。そして鳩が豆鉄砲を食ったような表情で友人の顔をのぞきこんだ。
「は? ない? あ、お前、それもしかしてぶぶ漬け的な……? ほんとは、うちにはお客に出せるようなものないんで、帰って下さいとか言う……」
「まさか! なんで僕が君に、そんないじわるをしなきゃならないんだい? 市丸隊長じゃあるまいし。新米だからだよ、おいしいからそのまま食べて、ってこと」
 イヅルは吹き出しかけながら茶を注ぎ、まぁ上がってよ、と恋次に座布団を勧める。
「ふ、ふ……君ってときどき、ひどく頓狂だね。でも、うん、そういうところいいと思う」
 笑いをかみ殺しながらも、まなじりの震えは止めることができないままの顔で、イヅルは恋次の前に湯飲み茶碗を差し出す。煎茶のほのかに甘い香りが、立ち上る湯気とともに恋次の鼻先をくすぐったが、彼の顔面には苦い表情が張りついたままだった。
「いや、茶請けにおにぎりってどうだろうとは思ったよ、うん。でも見せる約束してた萩がダメだったから、何か秋っぽいものをって考えたとき、ちょうどいただき物の新米があったから……」
「そんな気使わねぇでも。お前らしいけどな……んじゃ、いただきます」
「どうぞ。僕も初めて食べるからね、個人的にも嬉しい」
 三角に握られた米をつかむと、つやつやと張った肌が秋の日差しに輝き、それは舌に載ってじわりと糠の甘みを広げた。
「うめっ……」
 思わず嘆声をこぼした恋次に、イヅルは「この時期だけの贅沢だよねぇ」と感慨深そうに相づちを打つ。
「米ぬかが甘いのは、新米だけだよね……一級の旨みなのに、ちょっとでも古くなると臭みに変わってしまう。はかないなぁ」
「俺、初めて新米食ったとき泣くかと思ったぜ。飯に対する感動は、ぜってぇ流魂街出身のヤツの方が上だな」
「そうかもしれないねぇ……あ、まだあるから食べていいよ」
 そういう意味で言ったんじゃねぇって、と恋次は屈託なく笑いながら、指先に糊を残すこともなく素直に口に運ばれていく新米を、心底旨そうに食んだのである。
作品名:豊穣への詫び状 作家名:アレクセイ