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共に眠る

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「で? どうした? なんかあったのか? イタリアちゃんがわざわざこっちに来るとはただ事じゃねぇんじゃね?」
 質問されたものの、とりあえず気分を落ち着かせたいイタリアは、注がれたビールを一気に飲み干す。
「ヴェ~。…あのね、壁のせいで、ドイツがすっごくへこんでてさ」
「ヴェストが…?」
「うん。プロイセンが無事かどうかもドイツには確認することも今は出来ない状態じゃない」
「あー…、表面上は敵国になってっからなぁ。上司連中はすでにスパイ合戦やってっし」
「それでね、俺が東ドイツ訪問って仕事を上司に無理矢理作ってもらって、様子見に来たんだぁ」
「イタリアちゃん…!」
 プロイセンはテーブルに身を乗り出してイタリアの両手を握り締める。そして、気付く、その手の冷たさ。
「っつうか、イタリアちゃん、いつから待ってたんだ!?」
「ええと、夕方前…かな」
「Oh mein Gott! 俺様としたことが、イタリアちゃんを待たせちまうとは!」
「あ、でも、連絡入れずに来ちゃう俺も悪いんだしさ…」
 イタリアは握ってくる手をさらりと退けながら、しかし、気を使うような笑みを浮かべた。
「それにさ、俺も気になってたんだよ。…ほら、今日ってさ、老フリッツの…」
「……」
 一瞬、表情の消えたプロイセンの顔をイタリアはしっかりと見つめていた。それから、笑おうとしたのだろうが、うまくいかずに泣き出しそうな顔になる。
「ぇぇええ!? イタリアちゃん!? 何!? 俺、泣かせた!?」
「ちが、違う…プロイセンのせいじゃなくて。ごめんね、俺、…ええと、やっぱりごめん。こういうの苦手だぁ、上手く言えないや」
「何イタリアちゃんが謝ってんだよ」
 いつもの脳天気な表情、声音に戻っていたプロイセンが、脳天気な口調でそう言う。
 イタリアは、やはり上手く笑えず泣き笑いになっていた。
「だって…、今日だって、こんな夜中まで家空けてたのって、老フリッツを見舞ってたんだろ? 今はこっちに戻ってきてたんだっけ。大戦の間も、今も、ずっとあちこち移動してたって、聞いたよ、俺…」
 プロイセンはふざけた調子を引っ込めて、静かにビールを飲んでいく。
 イタリアが沈黙に対してどうしようかと狼狽え始めた頃、プロイセンが口を開いた。
「何だよ、知ってたのかよイタリアちゃん」
 イタリアは心外だというように軽く眉根を寄せてみせる。
「俺だって、ちゃんと覚えてるよ。俺たちの独立の時だって、プロイセンにはいっぱい助けてもらったんだ。忘れるわけないじゃんか」
 どうして、こんなに泣きたい気分になるのだろうと、イタリアは思う。日頃が騒がしいだけの存在のプロイセンの久しぶりに見る生真面目な一面のせいだろうか。
 彼は、これからも続いていくだろう日々の中で、この日を、ずっとこんな調子でやり過ごして行くのだろうか。
 泣き出しそうな顔のイタリアの前で、プロイセンがグラスを新しいビールの栓を開けていた。
「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか、イタリアちゃん」
 そう呟くと、プロイセンは自分のグラスに注いだビールを一気に煽った。それからヘラヘラと笑い出したかと思えば、いきなりテーブルに突っ伏した。
 様子からして酔いつぶれたわけではなさそうだったが。
「プロイセン!? え? 何?」
「うへへへへへへ」
「……プロイセン」
「何? イタリアちゃん」
 イタリアはやはり、泣きたい気分で笑顔を作った。
「大丈夫なの?」
「まだ酔ってねぇぜ」
「そういうんじゃないよ」
 突っ伏したまま。プロイセンは顔を上げることはしなかった。
「俺様は、いつだって大丈夫だぜ。一人楽しすぎるのは慣れてんぜぇ」
「ねぇ、プロイセン」
「何、イタリアちゃん?」
「プロイセンは、大丈夫なの?」
 僅かな間、一瞬だけの沈黙。
「…ありがとな、イタリアちゃん。当分、ヴェストのこと頼むわ」
 顔を上げることなく、プロイセンはそう呟く。声音は静かなものに変わっていた。
 イタリアは、今度こそ、頑張って少しだけ穏やかに笑う。
「うん。頼まれた」

 朝を待ってイタリアをゲートまで送ると言ったプロイセンは、俯せたまま最後まで顔を上げなかった。









 1989年10月9日 東ドイツ・ライプチヒで大規模なデモが起きる。
  同年 10月18日 東ドイツの上司が解任。
  同年 11月9日 国境ゲート開放。
  同年 11月10日 ベルリンの壁崩壊。
 1990年3月18日 東ドイツにて自由選挙が実施。
  同年 8月23日 ドイツ統一条約が調印される。
  同年 9月12日 ドイツに関する「最終規定条約」が調印される。
  同年 10月3日 西ドイツ基本法23条に基づき、東ドイツの州が西ドイツ(ドイツ連邦共和国)に加入。




「兄さん! ああああ、もう、本当に『何もしない』と言っていたが、本当に何もしなかったんだな!」
「言葉がおかしいぞ、ヴェスト」
「誰のせいだ! なんでここまで放置してた! 経済格差は覚悟の上だが、環境汚染が特にひどすぎるだろ! どうやったらここまで出来るんだ!」
「ロシアの容赦無い要求を全部聞いてやって、独裁したがるやつには勝手にさせて放置してたらこうなった」
「独裁…!!!」
「先の大戦での民族全滅を狙った野郎みたいなことはやってねぇよ」
「やってたら、スナイパーでも送り込んでるところだ!」
「お前ならマジでやりそうで怖ぇよ」
「予想を上回る予算の捻出が必要だな、これは…」
「大変だな、大国を維持すんのも」
「人事みたいに言ってくれるな」
「あ?」
「現在の混乱が、あまりに再統一を急ぎすぎたことも原因の一つだとは分かっている。それの非は認めるが、強引に東を吸収する形で再統一に踏み切ったことは絶対に謝らんぞ」
「…あ、そ」
「だが、再統一が果たせた以上、これからの課題を着実にクリアしていかねばならん」
「まあ、そうだな…」
「兄さんほどの手腕があれば、何とでも纏められるだろう!」
「は?」
「これからは、国らしく仕事をしてもらうからな!」
「し、仕事!?」
「隠居なんか、させんぞ」
「国の隠居って何だよ? っつうか、仕事って…今更…」
「四十一年の歳月がこれだけの意識の隔たりを生んだんだ。十年やそこらで元に戻るなんて思ってはいない。何倍もの時間を費やすことになるだろう。人間には長い時間かもしれんが、我々にはさほどのことでもないはずだ」
「…さほどのことでもない、ね」
「一人でアメリカやロシアを相手に論戦していた四十一年間を思えば、どれほどの歳月が掛かろうとも俺は苦じゃぁないぞ」
「…はははは。国民には負担かけるなぁ」
「上司を選んできたのは国民だ。そこはまあ、がんばって我慢してもらうさ」
「お前もすごいこと言うようになったな…」
「それで、だ。まず、何より最優先させて急ぎたい仕事がある」
「経済回復の案出せとか言われても無理だぜ」
「そんなもん期待してないから安心しろ」
「なんか、ひでぇな…」
「俺は、後三十分で家を出ないといけない。明日から、作業に入れるように、周囲の承認の意の最終確認をせねばならん」
「忙しいなぁ、お前…」
作品名:共に眠る 作家名:氷崎冬花