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トリカゴ 1

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 都心の高層ビルの中、やけに背の高いマンションのワンフロア。まだ新しいマンションの最上階にあるそのフロアは、一世帯だけしか入ることの許されない特別なフロアだった。エレベーターですらそのフロアの鍵を用いなければ入れず、階段には常に警備員が交代で見張り、他人の侵入を一切許さない。静かなフロアにある大きな扉を開ければその住居なのだが、人が住んでるには聊か静か過ぎた。

 時間を気にしながらエレベーターへ乗り込むのは長い黒髪を腰まで伸ばした美しい女性だった。手にはいくつかの食料と封筒に入れられたCDや譜面を大事そうに抱え、エレベーターに備え付けられたカードリーダーにキーカードを滑らせるとボタンも押さないのに最上階のシグナルが液晶に映し出された。

 ぐんと加速を増して上がるエレベーターの気圧に耳を痛めながらも、その感覚は随分と慣れたものだった。地上から遥か高みに位置するフロアへ到達するまで、目を閉ざして何かと考え、到着を知らせるチャイムの音にあわせてゆっくりと目を開く。静かに開かれた扉を通り抜け、表札も何もない玄関の大きな扉の前へ立つ。
 手元の時計を見れば予定とは寸分違わない時刻をきっちり示し、ドア横にあるカードリーダーに暗証番号を入力した後カードキーを滑らかに滑らせれば開錠する小さな音が廊下に響く。

 そして少しばかり緊張をしつつもそっとドアノブを引いて扉を開けると、まず真っ先に目に入るのはこの都心を一望できるガラス張りの部屋だ。
 壁の面積が極端に少なく、床から天井まで殆どがガラスになっているほどに大きな窓が、ぐるりと部屋を囲んでいる。ワンフロア分の広さを持つこの住宅は、殆どがガラス張りになっているといっても良い。少ない壁は真っ白で、インテリアらしい絵画や観葉植物などは一切見当たらない。隙間なく聳え立つビル郡を眺め、痛いぐらい晴れている青空をそう感慨もなく見ては彼女は部屋の中をぐるりと見渡し、この部屋の住人を探した。大きなテレビがあるにも関わらず、電源は落とされたままインテリアになっており、安物とは思えないホームシアター用のスピーカーが行儀よくテレビとローボードを囲んでいるのが少し寂しい。ゆったりとテレビを見るためのやわらかそうなソファーに人はいなく、テーブルにはリモコンが触られていないのかきちんと置かれたままだ。彼女は溜息をつきながら持ってきた食料を台所のカウンターに置き、資料を持ちながらいるべき人間を探し出す。

「ちょっと、サイケ?どこ?」

 まだ眠っているのだろうかと奥の寝室の扉を開くと、真っ白なセミダブルのベッドの上に丸くなって眠る彼がいた。部屋の壁もインテリアの殆ども、彼が纏う服も全てが真っ白なのだ。丸くなって眠る彼のその黒髪が白い情景に映えて、あどけなく眠る顔が際立って見える。必要最低限にも満たない家具やインテリアには、生活感を感じ取らせてはいない。所々に間接照明が置かれたり、インテリア照明がそっと飾られてはいるものの、雑誌一つ落ちてはいない。
 ベッドの上で穏やかに眠る彼以外に人影はなく、彼女は彼が眠っていることを確認すると、資料をテレビ前のテーブルにそっと置いて台所へと向かう。
 謎を秘めたアーティスト、サイケのマネージャー兼世話を担う彼女の馴染みきった日常だ。決まった時間にここに来て、身の回りのことをいくつかこなし、食事を作り、去る。まともに彼と会話したことはそう、ない。いや、今彼が起きていても会話が成立したかどうかはわからない。
 割と長い間こうして彼の世話をしているが、いつの間にか彼は喋ることを辞めてしまっていた。

 一体何があったのかと、上の人間から随分と彼女は責められたのだが、彼女すら全く気づけなかった。人との関わりを徹底的に拒みだした彼が、唯一接触を許したのが彼女だけだったし、それでも会う時間は短くなっていた。
 とんだ問題児ではあったが、機嫌を損ねなければ別室にあるレコーディングルームで自分から歌って収録してくれたし、写真撮影も引き受けてくれた。彼女の前にも専属のマネージャは幾人かいたのだが、彼の機嫌を損ねたり、その奔放ぶりについていけないとかで随分と顔が変わっている。レーベルの社長秘書でもある彼女、波江が唯一接触を許されている数少ない人間なのだ。
 近年のCDの売り上げ低下にどん底まで落ち込んだレーベルを、一挙世界まで相手取る大企業に押し上げてくれたのも、このサイケなる存在があったからだと誰もが認めている。だからこそ扱いに困る問題児であろうと、渋々だが全て受け入れている会社に、呆れもするけども、彼女も彼女なりに彼の才を認めている。
 どんな歌であれ、彼はそのフレーズ一つ一つを澄んだ声で綺麗に、しかし心に迫る歌い方をする。まるで機械のように正確な音を取るのに、感情の機微が音の一つ一つに入り組み、まるでその声すら楽器の一つであろうかと思わされるほど耳から心地よく響き入る。歌うときの彼は酷く繊細そのもので、触れたら壊れるのではないかというほど脆くも見える。しかし、一旦歌い終わればまた無表情になり、電源の入っていないテレビの前、ソファーに座り込んで呆けていたり、眼下に広がる大都会をただ眺めていたりとその感情はわからない。

 音が一切ない広すぎる部屋というのも殺風景極まりないので、彼女はサイケが怒って消すまではテレビをつけて作業することが多い。あまり俗世のことに興味がないというか、知ろうともしないサイケは、少年という年齢を過ぎたくせにとことん無知な節がある。自分が歌う歌詞の意味も、よくわかっていないきらいがあるし、だからといってその意味を問うことはない。
 年齢相応に成長していたはずの天才少年は、いつの間にかその知性が退行していたと、少し前にわかった。
 そこまで精神的にショックなことがいつ起こったのだろうと、波江が知りえる限りでは見当たらない。歴代の専属マネージャや音楽プロデューサーに聞きまわろうとそれらしい出来事は何も出てこなかった。

そして心に固い殻を纏って、彼はここにいる。

 夕飯はハンバーグでいいだろうかと、長い髪をテレビを見ながら纏めていると、丁度今日、CDショップのイベントに赴いた津軽のニュースが流れだした。小さなイベントに参加しようと、全国区の芸能ニュースで取り上げられる注目のアーティストだ。演歌離れしていた若者や中年層の人気も掴み、サイケに追いつくほどの人気を誇る実力派。あまり愛想がいいほうではないけれど、真剣に持ち歌を歌い上げる姿勢はさすがとしか言い切れない。

 低く、厚みのある声が朗々と切ない女心を歌いあげれば、見守る観客誰もがその歌声に聞き入る。トレードマークの着物の袂を握り、スポットライトを一身に浴びて歌う。津軽もプロ意識が高いだけに扱いが困るが、友人でもあるマネージャーがうまいこと手綱を握ってくれているのでサイケほどの苦労は聞かない。
 来週のオリコンはサイケと津軽のツートップかしらね。と最早当たり前のように思える偉業に想いを馳せつつ、キッチンで材料を並べていくと、珍しいほど扉が勢いよく開いた。

「あら?・・・起こしちゃったかしら。ごめんなさいね」
作品名:トリカゴ 1 作家名:ヨモギ