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背中

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 夢心地というにはあまりにも空気が鈍く淀んでいた。ずっと前にあった幸福な体験を思い出す暇もなく、そして考えるほどの思考力を呼び戻す気力もない。ただ胸を撫でる指になるべく集中しないように天井を見ていた。時折引っかかる、目の前の男の爪に眉をひそめることもしない。
 彼とは違いすぎるほどの指だった。彼の指はもっと細い。そして長く白かった。彼は僕をこんな風に乱暴に扱ったことなどなかった。僕を綿か女の子かと勘違いしているのではないかと思うほど柔らかく穏やかに撫でるのだ。そうして念入りに唇で僕の首を滑りながら、指にしては優美すぎるそれで僕の背中に触れる。爪が僕の皮膚を傷つけることもなく、緩やかに時間が過ぎていくのだ。それが何かと聞かれれば至福の時だと答えられる。なら、今はそんなことを考えないほうがいいのかな、と小さく思った。幸福とは程遠い今の時間に、彼との行為を思いだすのは、やめたほうがいいのかもしれない。なぜだかはわからない。多分彼を汚すとかそういう相手のためを思う意味ではないことだけは違いなかった。ようするに僕が嫌だった。嫌な気分になるのが嫌だった。彼とともに過ごす時間は幸せだ、と地面の底に突き落とされたような今にそんなことを考えると、痛みが増えるだけだったからだ。間違えることのない苦痛だ。僕は苦しかった。そしてとても痛かった。二日か三日で忘れられるわけがないのだ。時間が全てを忘れさせてくれるはずがなかった。もうずっとあのときが一番の不幸な時間だったと思いながらこれからも生を実感していくのだ。苦痛が少しずつ流れ出していくだけで、完全に消え去ることは二度とないのだ。ほぼ完全に忘れる日は、もしかしたらあるのかもしれない。それでも思いださずにはいられない時間になるのだろう。そう、きっと僕が生きていく中で、今の不幸な時間を思い出すときは、きっと、彼との行為の中になるのだろう。わかりきっていたことだった、と後付けするにはあまりにも考えが足りなかった。
 相変わらずの指が僕の下半身を撫でる。寒いな、と呆然とした面持ちで思った。相手の体は相対しているのかと思うほどあつくなっている。名前も知らなかった。知ってもすぐに忘れたくなるだけで忘れられなくなるだろう。中に入っている指も、相変わらず下半身を弄ぶ片手もあつく感じた。乱暴に入り込んだ中指と人差し指と薬指が心地悪く蠢いている。勝手に逸れる首を必死に静止させようとしていた努力もむなしく、力強く内壁を擦られて思わず表情を歪めてしまった。彼ならば、と思う手段しか残っていないのだ。なるべく反応をしないでおこうという唯一の壁も打ち崩された。シーツを握りしめた指は、力を入れすぎてびりびりと鈍く痺れている。彼なら恭しく、痺れるこの指を掴んで肩へと回させてくれる。彼ならね、と自分に思った。暑苦しい熱の塊が、さきほどまで指が入っていたはずの箇所に触れる。
 1回目の苦痛には耐えられた。2回目の突き刺すような鋭い痛みも大丈夫だった。3回目のこれは何だろう。ぐい、と押し入ってきたこれは何だったのか。彼との行為は幸せだ。そしてその行為を思いだす時間も幸せだ。それを思いだしている今は幸せなのかな、そんなわけもないんだけど。ずるずると中の皮膚が動く感覚がする。まだその先に行くのだろうか。どのくらい続いたら終わるのかわからない。こんなにも彼以外の他人と繋がることもできるのか。
「あっ、痛……」
 嫌な部分に触れられる。中から裂かれるような痛みに思い切り首を仰け反らせた。ベッドに倒れ込みシーツに寝転がったその瞬間から閉じていた僕の口が、ついに音を発してしまった。彼なら微笑んだ。目の前の男は無表情で、少しだけ息が荒かった。あのときの彼はほとんど何も喋らなかった。僕の思うままにすればいいと言っただけだった。僕は何をしに彼に会いにいったのだろう。最初から抱かれることを決めて彼の家に行って、何を言ってほしかったのだろう。彼も僕がもう結論を出していることを知っている、ことを僕も理解していて、そしてそれから何をしたかったのだろう。会社のためだった。この身一つのことなのだ。これを終えてうまく提携させていくよう祈るのだ。とんだ話だった。くだらない行為一つで決められることがあった。
「嫌だな……」

作品名:背中 作家名:サユ子