好物=甘いもの2
結論からいえば、静雄はよく食べた。
ものすごくよく食べた。
小さなテーブルに向かい合って座る帝人が箸を止めて茫然とするほどに。
「あ…」
「美味かった!ありがとな!」
「…いえ、お粗末さまでした…」
作り過ぎかと思うほどにあった料理は瞬く間になくなり、半分以上が静雄の胃袋に収まった。野菜が嫌いと言った人物がこれほどまでに食べるのかというくらいの食欲だった。余ったら握り飯にすればいいか、と五合炊いたのだが、からっぽになった。
…というか、野菜にしても「これは何だ?これは?」と食事中に聞いていたくらいだから、単に食べたことなかったんじゃないだろうか…と帝人は思う。
「あ、」
静雄が声をあげて帝人を凝視する。
「…ごちそうさまでした」
静雄は手を合わせて感謝の言葉を発する。
そういえば、自分はいただきますと言っただろうか。
不思議とコイツといると、そんな当たり前のことを思い出す。
「いえいえ、僕の方こそ美味しそうに食べていただいてありがたいです」
「野菜、美味かったな…」
「そのようですね」
くすり、と帝人が嬉しそうに笑う。
ナスの味噌炒めに嫌いなピーマンが入っていたのに、何故か食べられたし、トマトなんかは塩がふってあるだけだった。野菜スティックなんて、そのまんま野菜だったのに、いくつかかじって食べた。
「これなら、俺、嫌いじゃないかもな」
「そうですか!それはよかったです!」
理不尽に野菜が嫌われていたことが気になっていたのだ。これで静雄の中で野菜の格があがったことだろう。
なんとなく「静雄の嫌いじゃないもの」が増えたようで帝人は嬉しかった。
しかも今回の件で静雄と一気に近づけた気がする。
なにもかも野菜のおかげで、きっかけになってくれた野菜に感謝したいくらいだ。
きれいに完食された皿を流しに持って行き帝人と静雄は並んでシンクに立つ。
「片づけまで手伝ってもらって悪いな」
「いえいえ、僕勝手にお皿とかいっぱい出しちゃいましたから」
機嫌のいい帝人をちらりと盗み見る。
こいつはこんなことで…、俺の野菜嫌いが減った(?)ことをまるで自分のことのように喜ぶんだな。
「食材、まだ残ってますから食べてくださいね」
「…おう」
調理するのは面倒だが、帝人がくれたものなんだから、無駄にせず大事に食べよう。
「生で食っても美味かったから、ぶっちゃけ生でもいいだろ」
「え?あ、はいそうですね」
一瞬、きょとんとした帝人がころころと笑う。
たしかに、キュウリやトマトは生でも美味しい。静雄が言ってるのはニンジンとかも含まれるのだろうか。
「いもだって、あれ茹でれば食えるだろ」
「は、はいっ…味付けも塩コショウだけですから」
それでもきっとピーマンは苦手だろうから、自分が全部持って帰ろうと帝人は思った。
気がつけば夜10時近くになっており、
高校生が出歩く時間としてはかなり遅い。
「長い時間お邪魔してしまってすみません、僕そろそろ帰りますね」
「あ…、そうか、そうだよな」
ごそごそと荷造りを始める帝人に静雄はなんとも言えない寂しさを感じた。
不思議と、こいつはこのままここにいるもんだと思っていたというか…。
別にこのまま泊めてもよかったのだが、あいにく布団がない。それに都合もあるだろう。今日だって本当はこんなに遅くなるはずじゃなかったんだ…。
「荷物、持っていってやる約束だったよな」
「…そうなんですけど、なんか悪い、です…」
語尾が小さくなり、帝人は困ったように笑った。
仕事を終えてようやく帰宅したんだから、きっとゆっくりしたいだろう。
お腹もいっぱいなんだからなおさらだ。
「気にすんな、飯のお礼にもなる」
「…はい、…すみません」
いつも見慣れた自分の部屋が、帝人がいるだけでなんだか不思議と空気がやわらかい。
だが、帝人が帰ってしまえば部屋の空気はいつもどおりの温度になるのだろう。
一人でいることには慣れていた静雄だったが、一人になると思うと人恋しくなった。