好物=甘いもの2
『二人とも!!ケンカはだめだ!!落ち着け!!静雄も!!帝人も悪気はないんだ!!』
高速でPADを叩き二人の前にどっちに向けて差し出そうかと一瞬躊躇したセルティの耳に嬉しそうな帝人の声が響き渡った!
「分かりました!!」
「ああ?」
「静雄さん!分かりましたよ!!お野菜の謎!!」
「はあ??」
一触即発だったはずの静雄は、イライラの対象から
満面の笑顔を向けられあっけにとられた。
「実は僕も、そうかな~って思ってたんですけど、やっぱりそうだったんですね!!」
「な、おい?」
「僕の予想だと、きのことかは大丈夫ですよね」
と言って帝人は笑顔で豆腐やしらたき、肉団子やえのきなどを山盛りにした小鉢を静雄に差し出した。
なんつー顔向けるんだ、こいつ。
それは無邪気というか、邪気がないというか。
今までのイライラが一瞬でリセットされたような不思議な感覚。
「あ、ああ嫌いじゃねえ」
釈然としないながらも、一気に毒気を抜かれた静雄は受け取った小鉢に箸をつけ、もくもくと口に運ぶ。もちろん口にしたそれにケチをつけるはずもなく、普通に感想を言った。
「…美味いな」
「はい!美味しいです!!」
帝人のその上機嫌の理由が一向に分からない静雄は横目でちらりと帝人を見る。
帝人は静雄の視線を受け止めてもなおニコニコしている。
「お前…変わってるな」
「え?そ、そうでしょうか???」
切れかかった自分を前にして、笑顔で話しかけてくるやつなんか、アホ新羅以外に見たことがねえ。いや、実際にあいつは俺にぶんなぐられるから、あいつとはまた違うか…。
怒りをおさめた静雄に、セルティはどっと肩の力を抜く。実は一触即発の事態に遠巻きに見守っていた門田チームほかも、止めていた息を吐いた。場の空気も元通りになり、しばらくおとなしく箸を進めていた帝人がおずおずと切り出した。
「あの、静雄さん」
「ん?」
「僕の実家は、田舎なんですけど、近所で採れるお野菜が美味しいんです」
「……」
一瞬、また野菜のネタか!?とも思ったが、竜ヶ峰の様子が若干おかしい。
頬を赤く染めて照れている。
「それで、酸っぱいトマトじゃなくて、すごく甘いトマトがあるので、是非静雄さんにも食べてもらいたいなって思いまして…」
「…トマト?」
「はい!」
別にトマトには全く興味が無かったが、
聞き返したときの帝人の笑顔に静雄の頭はガツンと殴られたように衝撃を受けた。
まるで、そう、これはまるで…
女子が手料理を作ったので食べてくれませんか?的なものではないか?
男がそんな仕草をして可愛いとかどうなんだ!?と
可愛いと思ってしまった自分にも突っ込みたいが、今まで自分にそんな視線をくれた女子はいないのだからしょうがない。というか、いまだかつて人類は静雄にそんなことをしてくれたことがない。
最近耳にする、フルーツみたいなトマトなるもののたぐいだろうか?
果物みたいに甘いとか、聞いたような聞かないような…そう思い立った静雄は生返事を返す。
「…ああ」
「今度実家から持ってきますね!」
「いや、そこまでしてくれなくても…」
構わないというか、なんというか。
別に好きじゃねえし…。
張り切る帝人に対し、戸惑い気味の静雄。
「そ、そうですよね。すみません…」
とたんに今までニコニコと誇らしげだった帝人が目に見えてしおれていく。
げ。
しゅーんと落ち込み、小鉢を箸でつつく目線はまるで雨に濡れた子犬のまなざし。
そこまで落ち込まなくてもいいんじゃないか?
その時ぐいっと、自分の目の前にセルティのPADが差し出された。
『貰ってやれ、静雄。帝人はお前と仲良くなりたいんだよ』
顔を上げれば訳知り風にうなずく友人の姿。
そっと自分にだけ見えるように差し出されたそれに、かぁっと頬が熱くなった。
俺と、仲良くなりたい?マジか?
そんなことを言ってくれたやつは今までいなかった。
(とある人物の名前は静雄の記憶の墓場に葬られ、思い出されることもなかった)
「あー、りゅうがみね…だったか?」
「はい」
「迷惑じゃ、なければ食ってみてぇな、そのトマト」
「え、あ、はい!!」
帝人は顔を輝かせて返事をする。
「迷惑だなんてとんでもないです!じゃあ、今度帰省した帰りに持ってきますね!」
「おう」
泣いたカラスがもう笑った。
その変わり身の早さに静雄はぷっと笑う。
「あ、あの、じゃあ連絡先…アドレス教えてもらってもいいですか?」
「…おう」
気恥ずかしそうに話す帝人のそれが静雄にも伝染する。
なるほど、次の約束も悪くない。
このまま順調にいくといい。
はたから見るとヒヤヒヤものではあるが、少しずつ歩み寄る二人の姿をうれしく思うセルティだった。