好物=甘いもの2
帝人からのメールをもらった静雄は、
何度かその文面を確認しては反芻していた。
夕飯作って待ってる、か。
そんなこと言ってもらえたのは何年ぶりだろうか。親一緒に暮らしていた時以来帰宅して夕飯ができていたことなんか今までの人生ではなかった。もちろん、自分に飯を作ってくれそうな相手、友達はもちろん彼女も出来た事がないのだから当然だ。
りゅう・・・なんだっけ、あいつ。
変わったやつだと思う。
ほとんど初対面の自分に対し、恐れることなく話しかけ、かいがいしく世話を焼く。
なんていうか、里心沸くっつーか、懐かしいっつーか、あったけーっつーか・・・
「ん?どうした?静雄、顔にやけてるぞ」
「えっ?お、俺、そんな顔してましたか?」
「なんだ?なんかいいことでもあったのか?」
次の取立て先に向かう道すがら、トムは静雄に声をかける。
実は取立てが思うようにいかず時間が押しているのだ。
逃げたターゲットを追いかけたりと、今日の移動距離と労働を考えると軽口でも叩かないととてもではないがやってられない。
「ええと、最近知り合ったやつなんスけど、夕飯作って待ってるとか言ってくれて・・・」
「・・・・・・女か!?」
「いや、そういうのじゃないっすけどっ!」
「いやいやいや、そうか!お前にもようやく春が来たか!」
「トムさんっ!?」
「いやー、俺もちょっとは心配してたわけよ、お前はいいやつなのにこんな裏家業について荒っぽい仕事させちまってよ?こりゃー女も寄り付かなくなるわーとか、お前は女になんか興味は無ぇって真顔で言うようになっちまうしよー?」
「いや、トムさん、ホントすんません。女じゃなくて後輩なんです」
「あ?」
「いや、ガッコの後輩で、男なんすけど、田舎から持ってきた食いもん分けてくれるっつー・・・」
嬉々として語っていたトムの顔がみるみるしおれてきた。
「なんだ・・・」
「いや、えーとすんません。でも、俺こんなこと今まで無かったからうれしくてっ・・・」
今まで『力』のせいで、まともな交友関係を持てず、学校で先輩後輩のやり取りもしたことが無い静雄の状況をかんがみると理解できた。
「ふーん、でも、ま、よかったじゃねえか」
「はいっ」
後輩に慕われたって言うだけで、静雄のこの喜びよう。毎度のことではあるが、ちょっとだけ不憫に思う。
どこのどちらさんか知らねえが、こいつに良くしてやってありがとうよ、
「しかし、飯ねぇ・・・なんかよ?新妻みてーじゃねーか」
「かっ、からかわないでくださいよ、トムさんっ!」
からかわれて静雄の顔にサッと朱が差す。
実は図星で、自分も少しそう思った。
メールの内容もそうだが、出掛けに声を掛けられた『いってらっしゃい』にも驚いたのだ。
いってらっしゃい
いってきます
ただいま
おかえりなさい
そんな風に気遣われたことも久しぶりだったが、一人暮らしの自分には、今現在まるで縁の無い言葉だ。それに、そんなやり取りはまるで新婚夫婦のようで気恥ずかしかった。
「っていうか、お前の家に今いるのか?一人で?」
「あー・・・今日はたまたま・・・つーか、本当は少し休ませて帰るはずだったんすけど、俺、トムさんがぶっ飛ばされたって聞いてカッとなってこっち来ちまいました」
「・・・なるほど」
そうして、あいつは俺の家で飯を作って待っていて、俺は帰宅したらやっぱり『ただいま』って言うんだろうな・・・ってクソっ!なんだこれ、めちゃめちゃ恥ずかしいじゃねえかっ
「ふーん・・・にしても、お前が家に他人を招くとか、結構気に入ってんだな、その後輩クン」
「え、と、そうっすね、そう・・・なのか?」
「だってよ、お前切れてねえべ」
「はい・・・いや、うーん?」
「なによ?」
「まだ2回しか会ったこと無いから、よく分かんないっすね」
「・・・・・・は?」
「え、だから、まだ2回・・・」
いや、っていうか2回しか会ったことないのに、家に上げるとか、家に上げておいてこんだけ長時間放置するとかって普通ありえねーだろ。てか、ありえなくね?俺の感覚がおかしいのか?
まあ、池袋最強の平和島静雄宅に泥棒に入るやつもいないだろうし、蛇の道は蛇だし。
というか、そんなことを考える以前に静雄がそいつを信用しているってことみたいなもんかもしれないし・・・。
そんなこんなを踏まえた上でのこの結果なら問題ないのかもしれない。
言葉にするのも面倒というか、なんとなく感覚で納得してしまった。
「うん、ま、お前ならそれでもいいか」
「はい?」
「よかったな、静雄」
「はい。あ、トムさんも飯食いに来ますか?」
「へ?」
「いや、なんか野菜をいっぱい持ってきてくれたみたいなんすけど、俺野菜はあんまり好きじゃねーっつーか」
「ははは、あほう。そこはお前が頑張るところだろ」
「そうっすよねぇ」
「また次の機会にするよ、今度会ってみてーなーその後輩クン」
「そうっすね、来良の後輩なんで、池袋うろうろしてそうですから」
「ほうか、楽しみだな」
常に不機嫌な静雄が珍しく機嫌が良い。
たった2回で静雄をここまで懐かせたという『後輩クン』興味が沸かないといったら嘘になる。
「よおし!じゃあ新妻クンの飯食うためにもあと2件、はりきって行くぞ」
「ウス、って新妻はやめてください・・・マジで」