鴇也アフター【10月19日完結】
「相変わらずシケてんなあ。コンビニもねえのかよ」
「まあ九十九に行くまで、コンビニが何処にでもあってしかも24時間営業だなんて都市伝説だろって俺達思ってたけどね」
「全くだ。しかし行って帰ってみるとコンビニがないこっちの方が都市伝説くさい…」
「言えてる」
改札を出た俺達は、畦道を俺の両親の墓目指して歩いていた。
車の音も排気ガスも、高層ビルも洒落た喫茶店もない。あるのはひなびた商店と山。田舎だなあ、と再確認する。
「仁くん大丈夫か?」
先程うなされてたいた俺を、兄さんは気遣って何度も訊いてくれる。
その言葉に気恥ずかしさとくすぐったさを覚えながら、…やっぱり嬉しい。
「うん。大丈夫」
「そうか。お前無理するからなあ、しんどくなったらちゃんと兄さんに言うんだぞ」
「うん、兄さん」
そうか。兄さんは笑うと、俺の髪をくしゃっと撫でた。…子供扱いして、もう。
他愛ない話をしながら、畦道をのろのろ歩く。田舎の夏は都会より涼しいと言うけれど
、暑いのには変わりない。
俺の両親の墓がある墓地は駅から結構遠くて、歩いて行くと結構かかる。それに、…久藤家の敷地にできるだけ近付かないよう、遠回りして向かっているから尚更遠い。
どちらがそうしようと言い出したのでもなかった。敢えて口に出さなくても俺達はもう、そうするように出来ていた―……
九十九の駅を出たのが既に昼過ぎだったせいか、墓地に着いたときはもう、日も暮れかけていた。磨き込まれた御影石が、オレンジの光を弾く。
茫然とする俺を置いて、兄さんが墓前にしゃがみこんだ。
「……お久し振りです。おじさん、おばさん」
兄さんは小さく頭を下げると、鞄の中から仏花を取り出した。やけに荷物が多いな、と思っていたら、そういうことだったのか、と今更気付く。
「仁くん」
兄さんが振り返って俺を見上げた。俺は吸い寄せられるように兄さんの隣へ立つ。兄さんが立ち上がって、俺の肩を抱いた。
「俺達、こう言う関係になっちゃいました。よって比良坂の血は絶えちゃうんですけど、まあ、その分仁くんは俺が幸せにするんで、許してください」
そして兄さんは見せ付けるように、俺の頬に軽く口付けを落とした。恥ずかしさに俺は拘束を振りほどこうとしたが、兄さんは笑うばかりで放してくれない。
「ほら、仁くん」
「なななななんですか」
「……言うこと、あるよなァ?」
「何を」
「誓いの言葉だよ」
「結婚式じゃあるまいし…」
「あ?これで事実婚だろ?解ってなかったのか?」
兄さんはまたにやっと笑って、ぽかんとする俺の唇へ口付けを落とす。
それからぱちっと悪戯っぽくウインクをされて(似合うなんて恐ろしい男…!!)、それでやっと、俺はことの重大さに気付いた。
「ええええええええええええ」
「仁くん。落ち着こうか」
「これが落ち着いていられるかあああ!!!……ああ、もう……!」
困った人だ、…ほんとに!
「仁介」
兄さんはいやに穏やかに笑うと、俺の肩を抱く手に力を込めた。
な?と促されては、俺はもう口を開くしかない。ああ、……もう!!!
「……あ、あの、久し振り、父さん母さん」
「うんうん」
「俺は今、その、」
「うんうん」
「…………」
「うんうん」
「…………」
「ん、どうした。仁くん」
(間)
「兄さんは俺の父さんか!!母さんか!!!!!!!」
「兄さんは仁くんの兄さんであり恋人です!!!!旦那です!!!!!!!!」
「ああああああもう嫌だあああああ兄さん嫌だああああはずかしいいいいいいいい」
「嫌んなるくらい好きだろ?」
「あああああ……もう…………好きだよ……大好きだよ……」
「よしよし」
兄さんは心底嬉しそうに笑うと、俺の髪を痛いくらいに掻き乱した。真っ赤になっているであろう顔を見せたくなくて俺は俯くのに、兄さんは許してくれない。
両手で俺の頬を挟んで、あの、悪どい、高飛車な、俺の一番好きな笑みを一つくれる。
「病める時も健やかな時も、兄さんを愛し続けることを誓いますかァ?」
「も、勘弁…」
「だァめ。仁くん、誓いますか?」
「うう………あーもおおおお!!!誓います誓います誓います!!!愛してます!!!!!」
「よォし!!!!」
そう言って俺の唇へ、やっとお熱いのを一つ。
あんたは水ポケモンでしょ!!あーもう!!!炎ポケモンのお役御免だ!
俺はわざと大袈裟に深ぁく溜め息を吐いて、兄さんを見上げた。目が合うと、兄さんはまた穏やかな笑みをくれる、
言いたいことは、山ほどあった。照れ隠しだとか意地悪だとか恨み言だとか願いとか好きだとか何だとか、何から言って良いかわからないくらい言いたいことがあったのに――……
「…………ぇ?」
すべて、消えた。
すべて、ある、聞き慣れた音に、踏みにじられた。
「仁介?」
腕の中、急に身を強張らせた俺に、兄さんが疑問の声を掛ける。俺は兄さんに警告の言葉を返そうとしたが、…出来なかった、声がでない。小さく首を振るのが精一杯。
「おい、一体どうし――」
兄さんは、言葉を言い切ることが出来なかった。判ったのだ、兄さんにも。
……なんで。ここに。
ずりっ、…と、何か重たいものを、引きずる物音。
それは一定のリズムを保ちながら何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も続き――……此方へと近付いてくる。
兄さんの背後から迫るそれが、俺にははっきり見えた。先程とは全く違った理由のために、鼓動が速くなる。
理由は、恐怖。長年かけて植え付けられたその効果を、実感する。
長い手足。艶やかな髪。背は兄さんよりも高い。相貌は冷やか。切れ長の目。不遜に笑む唇。兄さんに負けずとも劣らない完璧な美丈夫――完璧?…いや、一点を除くならば。痛々しく引きずられた、左足を除くならば、完璧。
幼き日に、水明に歪められた左足を除くならば。
たかし、さん。
そう呟く兄さんの声は震えていた。
作品名:鴇也アフター【10月19日完結】 作家名:みざき