鴇也アフター【10月19日完結】
久藤鷹志(くどうたかし)。
名門久藤家の長男として、久藤家の期待を一身に背負って生まれた男。
…いや、期待なんて生温いものじゃない。それは重圧だった。この世に生まれ落ちたばかり、まだ何も掴めないほど小さな掌をした赤子の頃から、一族の重圧を背負わされてきた男。
鷹志さんは幼い頃からプライドの人だった。努力の人だった。久藤家から押し付けられる無理難題を、歯を食い縛って、文字通り血を吐いてこなしてきた強い人だった。自分にも他人にも妥協を許さない、凄い人。それが俺が鷹志さんへ抱いていた印象だった。
俺が久藤家で暮らすことになった時も、鷹志さんは凛としていた。口さがなく言えば、俺に興味がなかった。俺はそんな鷹志さんが嫌いではなかった――……変に、干渉されるよりずっと。
しかし後から思ってみれば、鷹志さんは俺に興味がなかった、と言う訳ではないのだろう……多分、興味を持つ余裕がなかったのだ、自分のことで手一杯で――……
努力家と天才では、どちらがその面で素晴らしいかと言うのは、良く言われる問いだ。
努力を怠った天才・兎が努力家・亀に負けてしまう、なんて昔話もあれば、長年こつこつと努力を続けてきた努力家が、あっさり天才に抜かれてしまうと言うこともある――……
そう、鷹志さんを決定的に追い詰めたのは、兄さんだった。
久藤家始まって以来の天才。生まれ持った神通力は幼子にして大人の誰にも引けを取らず…
鷹志さんは焦っていた。兄さんが生まれる前からずっと、今までに積み上げてきた努力を、天才によって一気に瓦解させられるかもと言う恐怖。瓦解はすなわち、鷹志さんのアイデンティティーの崩壊をも意味しているとなるなら、焦らない方がおかしい。
久藤家の興味は、既に兄さんへと移り始めていた。
今すぐに形勢を、なんとかこちらへ引き戻さなければ、大富豪よろしく、大貧民へと一気に引きずり落とされるのは俺だ――……
そして、あれが起こった。兄さんが水明を得、鷹志さんが全てを失った日。
焦りのためか、万全の準備を欠いた召還は、久藤家崩壊の危機を起こした。兄さんが水明を調伏していなければ、久藤家はもう跡形もなく水明に食い荒らされていただろう。
年若にして、水明を調伏した稀代の神官。久藤家は兄さんを絶大な賛辞と共に祝福した。その興味はもう、鷹志さんにはない。久藤家を崩壊の危機へ貶めた、かたわなどにもう興味はない――……
鷹志さんは、壊れてしまった。
作品名:鴇也アフター【10月19日完結】 作家名:みざき