鳥獣たちのサンサシオン プレビュー
ところで、七代千馗は自分はこの上なく平凡な人間だと思っている。
白や壇には眉をひそめられるが、誰がどう見てもそうだろう。
特異な目をもっていること、《宝探し屋》という堅気とはかけ離れた職業の兄にやや変わった方針で育てられたこと、そのおかげで人の目の前で何かを懐に入れても絶対に気づかれないだけの技術があること、まだ高校生の身でありながらOXASという秘密裏の官僚組織で働いていること、呪言花札という稀代のカミフダに魅入られ歴代の血脈に外れてその執行者となったこと。
一般的には、どれか一つだけでも十分に普通ではないのだろうと、さすがに理解はしている。
だが、七代千馗という人間を形作る核の部分。その性格は本当におもしろみもなく平凡なのだ。
トラブルがあればまず嫌だ面倒だと思ってしまうし、それを楽しむという発想はそうしようとすごく頑張らないかぎり絶対に出てこない。
危険の先にどれだけ価値あるものが待っていたとしても、やっぱり危ないことは怖い。おそろしいとおもう。
学生でありながら職を得たことは、単に家庭の事情によるものであり、日本という国の枠を払えば、この年で働くことは珍しくもなんともないだろう。
いっそ正義と見まごうばかりの必要に駆られても、ものを盗むときはひやひやしてしまうし、なにより罪悪感で疲れきってしまう。
誰にどう思われても気にかけず、自分の欲求へ猛進する激しさには縁が無いのだ。人に嫌われただろうかと考えると反射的にいやだなあとおもってしまう。眠る直前に子どもの頃の失敗を思いだして布団の中でじたばたしてしまうことがあるくらいに、自分は器の小さい、覇気のない性質であると思う。
おそらく七代の中でもっとも平凡でないのは、人ではないものが見え、相手次第ではそれと会話まで出来ることだろう。
だが、七代にとっては、それこそこちらが普通である。この異能は、数えで十五歳の正月を境に爆発するように花開いたものであるが、そもそもは生まれつきの力であったらしく、なんの苦もなくあっさりと生活の一部になった。力のない期間が長かったため、ぼそぼそ独り言をいう姿を見咎められない演技も完璧だ。不都合はない。今では秘法眼のない生活を思い出す方が難しい。
そして、彼の思う能力の価値は「神使たちと今日の天気をおしゃべりできて楽しいな」ということに尽きるのだった。
七代は自分の異能をさほどたいしたものだと感じていない。異能のあるなしが、人の有能性や危険性を決める訳ではないのだ。なんの超常も持たない筈の兄が「通ったあとには草も残らぬ」とひそひそ同業者に涙眼で噂されているところを見て以来、七代の幻想は消えた。特殊な力があれば、特別な人間だと決まる訳ではない。そもそも特別と賞される人間は根本が違うのだ。
そして、七代は世間から見て特別となることが幸せとイコールではないと思っている。一番好きな単語は「穏やか」である。兄のような刺激の絶えない生活は、本の中だけで十分だ。自分の人生には必要がない。幾ら年寄りじみていると言われようとも、日々は何事もなく多少退屈する程度に過ぎていくのが一番よいと、七代は確信している。
作品名:鳥獣たちのサンサシオン プレビュー 作家名:ろ き