ケンカップルとサンドウィッチ!
慌てて振り返ると、そこには話題の1人である折原臨也がいつもの黒尽くめ姿で立っていた。
「臨也さん!? あれ、静雄さんは・・・・・・」
帝人は、目を丸くしてキョロキョロと辺りを窺った。安全確認のためだ。目の前に臨也がいるのだ。いつ、何が飛んでくるか分かったものではない。
「あー、まだ、そこらへんにいるんじゃない? 本当、しつこくて厭になるよねぇ」
「お前なぁ、・・・・・・いや、やっぱりいい。それより、俺たちを巻き込まない内にとっとと逃げてくれ」
門田は、臨也に説教の1つでもくれてやろうとしたが、臨也が聞く耳など持つはずがないのは明白。代わりに、ウンザリという表情を隠しもせず、追い払うような言い方をすれば、臨也は、わざとらしく悲しげな表情をしてみせた。
「ひっどいなぁ、ドタチンってば。友達が暴力行為を受けてるってのに・・・・・・。冷たーい!」
「うるせぇ、自業自得だろうが。あと、ドタチン言うな!」
「まぁ、俺も忙しい身だし、もう帰るけどね。というわけで、さ、行こうか帝人君!」
言い終わるやいなや、臨也は問答無用で帝人の片腕を掴んだ。
「え?」
「な、何言ってんすか!?」
一番慌てたのは、腕を掴まれた本人ではなく正臣だった。帝人は、わけもわからず呆然としながら、掴まれた腕を凝視している。
「いったでしょう? 俺の悪口聞いちゃったから、どうしようかなぁって」
「それは、その・・・・・・・。す、すみません?」
「だーめ。ゆるさないよ」
クスクスと楽しげに笑う臨也。そして、帝人の抵抗などものともせず、そのままズルズル引っ張っていこうとした。
見かねた門田が止めようとしたとき、
「あ、あの、竜ヶ峰君を放してあげてください・・・・・・」
杏里がそろそろと臨也に声をかけた。弱々しい声音ではあるが、眼鏡の奥の瞳は、しっかり臨也を見据えている。
臨也は、杏里に胡散臭いほど優しく微笑みかけると、今度は帝人の方を向いて揶揄い交じりの笑みを浮かべた。
「わ~、帝人君ってば、女の子に庇われちゃってる。か~わいい~」
淡いながらも好意を寄せている女子に庇われたことに、帝人の男としての矜持が傷ついたのか、カッと頬を赤らめ、悔しそうに唇を噛み締めて眉を寄せる。
臨也はそんな帝人の様子を見て満足そうな笑顔を浮かべた。もちろん、臨也の思惑通り。
「臨也さん」
帝人が、キッと臨也を睨み上げる。怒りか恥ずかしさからか、目元がほんのり赤く染まっているのを見とめて、臨也はその笑顔を一層深めながら、「なぁに?」と上機嫌に問うた。
「その、ひん曲がりすぎてうっかり3回転半しちゃったような性格、何とかしてください!」
「わ~、言うねぇ・・・・・・」
臨也の笑みが、嗜虐的なものから苦笑に変わる。
2人のやりとりをハラハラしながら見守っていた者たちは、「帝人!?」と幼馴染の思ってもみない暴言に顔色を青くしたり、「うっかり3回転半した性格ってどんなんだよ」と吹き出しかけたのを咳き払いすることで誤魔化したり、
「トリプルアクセルっすねぇ」
「えっと、・・・・・・フィギュア・スケート、でしょうか?」
「あ~、そういえば昔、セーラームーン描いてた人がスケートマンガを描いてたなぁ」
「狩沢さん、ホントは何歳っすか? それより、セーラームーン読んでたんすねぇ」
「私の年齢位の女子にはバイブルよ!」
「・・・・・・セーラームーン? ってなんですか?」
「ぐはぁっ! 今、ジェネレーションギャップと言う名の刃が私を貫いたわ・・・・・・!」
「しっかり! 傷は浅いっすよ!」
「あ、あの、その、すみません・・・・・・!」
というような会話を繰り広げるなど、千差万別な反応をした。
そんな周囲の反応など気にした様子もなく、帝人は相変わらずムスッとした表情で臨也を睨んだまま。
臨也は困ったような笑顔で、「帝人君、ごめんね? 機嫌直してよ」とわざとらしい程に猫撫で声を出した。
「臨也さんが、腕を放して今すぐ消えてくれたら、機嫌直します」
「俺は、君に悪口言われて傷ついたから、優しく慰めてほしいんだけど?」
「――別に傷ついてないじゃないですか。しかも、基本的に事実しか言ってませんよ。少なくとも、臨也さんは、ボーイなんて年じゃないでしょう?」
「まぁ、一応、成人はしてるねぇ。・・・・・・どうでもいいけど、どういう経緯で、ボーイなんて言葉が出たわけ?」
どうやら臨也は、狩沢が話していたところは聞いてなかったらしい。
帝人は、どう答えようかと思い、正臣の方をチラリと見る。幼馴染は全力で首を横に振った。止めとけ! ということらしい。
狩沢の方は、ボーイズにラブっているらしい臨也から、何かネタになる話が聞けるのではと目を輝かせている。まるでオモチャを買い与えられた少女のような煌めきだ。――動機は不純に塗れているが。
帝人は、暫く考えて臨也の方を向いた。どうせ話さなければ解放されないのだし、言ってしまえという気持ちで。
「臨也さんと静雄さんが、えーと・・・・・・、ボーイズにラ――」
帝人が言い終える前に、目の前の臨也が消えた。正確に言えば、何かにブチ当たり吹っ飛んだ。
ボゴォォォン! という鈍い音が遅れてやってくる。
帝人が、恐る恐る音のした方をみれば、路上に置かれていただろうカラーコーンらしきものが、原型を維持しないほどに割れていた。赤い蛍光色の破片が辺りに散っている。
「み、帝人! 大丈夫か?」
呆然と立ち竦む帝人に慌てて正臣が近付く。
「竜ヶ峰君、あの、怪我ないですか?」
杏里も気遣わしげな表情で帝人の顔を覗いた。
いつもより間近にある杏里の顔にハッとなった帝人は、ようやく立ち直り、「だ、大丈夫だよ! なんともないから」と笑ってみせた。しかし、その笑顔は若干引きつり気味だ。
「おい、大丈夫か?」
門田たちにも心配され、帝人は「平気ですよ」と頷く。スレスレではあったが、当たってないのだから問題ない。
「帝人! でも、お前手に怪我してるぞ!」
正臣が帝人の右手を掴んで見せた。見ると、擦り傷のようなものができており、血がにじみ出ている。
「あ、本当だ・・・・・・。多分、臨也さんのコートの金具か、あの人の爪とかが当たったのかな? 気付かなかった」
「あの・・・・・・、私、絆創膏持ってるので、よかったら・・・・・・」
「あ、ありがとう」
帝人は、ほんわかした気持ちになりながら、杏里に差し出された絆創膏を受け取った。特別、痛みもないことだし、ケガの巧妙というやつだろうか。
そういえば、自分よりも遥かに大変なことになっているだろう人物は・・・・・・、と思い帝人が、吹っ飛んだ人間の方を見れば、既に復活を果たしていた。殆ど怪我をしていないところを見ると、ブチ当たるスレスレのところでうまい具合に除けていたのか、もしくはすさまじい回復力を持っているかのどっちかだろう。どっちみち、並みの人間ではない。
作品名:ケンカップルとサンドウィッチ! 作家名:梅子