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ありえねぇ !! 4話目 前編

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事務所に入る前、腹を括った新羅にくどいほど釘を刺された。


「役割を決めておこう。会話は私がするから、静雄は私のボディーガードに徹してくれ。いい、『絶対にキレない、殴らない、喧嘩しない、会話しない』を守ってよ。
私は、いくらミカド君の為でも、愛しいセルティを危険に晒す気はないから。君だってヤクザを怒らせたら類は家族に及ぶ。全く関係ないご両親や弟の幽君まで、危険に巻き込みたくないだろう?」


自分は口下手だし、交渉は全て新羅がやってくれるというのなら有難い。
だが、自分にくどくど注文をつけている時には、彼の目は狂気混じりで血走っていたのに、一歩事務所に足を踏み入れた途端、豹変しやがって。


「赤林さん、おひさしぶりですね」
 そうにこにこと愛想良く笑う、そんな新羅が二重人格に見える。
「岸谷先生も、暫く会わないうちに、随分とお顔が変わられて」
「一応言っておきますが、私の怪我は、ここにいる平和島静雄のせいじゃないですから」
「ほう?」

 
前もってアポイントを取っておいたおかげで、あっさり応接室に通されたのはいいが、いかにも金がかかっている革張りソファーに腰を降ろし、自分達の対面に座った赤林は、その手に仕込み刃がある杖を両手で持ち、顎を乗せている。

色の濃いサングラス越しに、ちらりとこっちに目線を寄越すが、口元は笑っている癖に、目つきが異様に鋭い。
今日の新羅は、ぼこぼこに殴られたのが丸わかりな程、顔を異様に腫らしている。組でも五年来の付き合いがある闇医者を、静雄が腕力に物を言わせて脅しつけ、無理やり取り次がせたと勘違いされてもおかしくない。

が、つまらない誤解も、一方的に向けられる威圧感も感じが悪くて。
イラッとしたムカつきが、どんどん胸の中に山積してきて、辛抱強くない自分の忍耐も、切れそうでヤバイ。
(っくしょう、幽の為、親のため、幽の為、親の為、……)
仕方なく延々と脳内で、キレない為の呪文を唱え続ける。


「それより、電話でお聞きした件ですが、赤林さんは【園原杏里】さんをご存知ありませんか?」
「知りません」


相手にそっけなく、ばっさりと切り捨てられ、またもや心の中のイライラ度が増す。


「【那須島隆志】と駆け落ちしている筈なんですが」
「そんな男、聞いた事もありません」
「そうですか。私は貴方がその男の【処理】を担当したと伺いましたが」
「ほう? 誰からです?」
「結構色々な所で有名ですよ。粟楠会さんの名前を乱発して、あっちこっちの闇金で踏み倒ししまくった、命知らずの教師が居たって話はね。そんな安い名前じゃありませんのにね、こちらさんは。そうでしょ?」


新羅がにこにこと愛想良く、包囲網を縮めていく。
静雄は、このような狐と狸の化かし合いが苦手だった。
のらりくらりごちゃごちゃと、核心を外そうとお互いが頑張る言葉遊びなんて、付き合う時間がうぜぇ。


「仮に、園原堂のお嬢さんとやらを、俺が【保護】していたとしたら、先生はどうするおつもりですか?」
「勿論引き取りたいです。私は彼女を、自分の養女に迎えても良いとさえ思っております」

よく言うぜ。
やっと長年の想い人と恋人になれたばかりの愛の巣に、この【キング・オブ・セルティ馬鹿】が、他人を引き取れる訳がない。

だが、今までのひょうひょうとした笑みを消し、真顔を作った新羅の気迫は本物らしく見える。


「先生は園原杏里とお知り合いだったのですか?」
「私自身は、正直一度しか会っていません。ですが、一緒に暮らしている恋人が、彼女の事を実の妹のように愛しく思っておりました」
「ほう?」
「実はこの顔も恋人の仕業です。《私に杏里ちゃんを返してくれ》と、慟哭する彼女を、私はただ抱きしめて、彼女の怒りを納める事しかできなかったから」

「……先生の恋人は確か、『首なしライダー』でしたよね?……、何故そんなに親しいのですか?」

「さぁ。ただ聞いた話では、池袋を随分と騒がせた【切り裂き魔事件】が始まった頃、……約一ヶ月前ですか? 偶然うちのセルティが彼女を助ける機会があったんです。その時にヘルメットの下を見ても全然驚かれなかったらしくて。
『普通に接してくれる女友達が初めてできた』って随分嬉しそうでした。実際、日中だと言うのに、彼女をバイクの後ろに乗せて、鎌倉まで日帰りでツーリングにも出かけていたみたいですし」

段々と、赤林のいぶかしむような表情が和らいできた。
新羅の方も、セルティの話題のおかげか、優しげで心底慈しむ笑みを浮かべだす。

「私はセルティを愛しています。だから彼女の願いは何でも叶えたい。もし、彼女の妹分が、馬鹿な男のせいで、一生棒に振るような境遇に落ちるというのなら助けたい。
 私は今まで五年間、粟楠会さんと友好な関係を築いてきたつもりです。今後もこの組にとって、良き医者でありたいと思います。
 どうか、それを考慮に入れた上、彼女の件を熟考頂きたい。お願いします」


言いたいことを全て言い終え、新羅が赤林に頭を下げる。
すると彼の目の前に、赤林が薄い紙を差し出した。

手紙だった。
【セルティ・ストルルソン様】と、丸っこい可愛らしい字で、宛名が書かれてある。
途端新羅の目も、すうっとナイフのように細くなった。

「セルティのフルネームを知っている人間は、数える程しかおりません。これは、杏里ちゃんからの手紙で間違いありませんね?」
「はい」
「なら、やはり彼女は貴方の元にいるのですか?」
「いいえ。失踪した際、彼女の部屋に残されていた物です。外国の方の名には覚えがなくて、誰だろうと首を傾げていたのですが、まさか先生に繋がるとは思いませんでした」
「杏里ちゃんは無事なのですか?」
「それはこちらがお聞きしたい。はっきり言います。杏里は、那須島となんか一緒ではなかった。あのクズは、俺の杏里と逃げるつもりだったが、拒絶されたと。だから彼女の居場所は全く知らないそうですよ。こちらは俺宛のです。ご覧下さい」

懐から取り出したものの宛名は【赤林のおじさまへ】とある。
中身は一枚の手紙だった。

【私はある方と一緒にこの街を去ります。どうぞ捜さないで下さい。
何のご恩もお返しできず申し訳ありません。
大変お世話になり、ありがとうございました。さようなら。

園原杏里】


たった四行の文面だが、手がかりが一つある。
『ある方と一緒にこの街を去ります』……という事は、彼女が誰かと共にいるのは間違いない。
それが那須島でないのなら、彼女は一体誰と消えた?


「何故、杏里ちゃんが貴方宛に手紙を残したんですか?」
新羅の問いに、赤林はしばし思案した後、ゆうるりと口を開く。

「杏里は俺の娘ですから」
「「はぁ!?」」

あまりの驚きに、二人揃って本気で目が点になった。

「園原の父親は、母親が自殺する前に殺した筈じゃなかったのか?」
「静雄!! その話は駄目だってば!?」

飛び掛ってきた新羅に口を手で覆われるが、最悪だ。
口を出すなとしつこく言われていた癖に、破った上のこの失言。自分の馬鹿さ加減に青くなる。
彼女の両親は、切り裂き魔に殺されて死んだ事になっているのだ。