ひわひわのお話。2
「…それで、お嬢様はりせはとはどのようなご関係で?」
「赤の他人よ?ちゃんと逢ったのも、今日が初めて。」
『えっ?』
「はっ?」
「マジで?」
女性の返答に、3人とも揃いも揃って唖然とする。
とりあえず、女性に覚えがないのは間違ってなさそうだ。
その点にはひとまず安心するとして、そうなると余計にわからなくなる。
この人は、どこで俺のことを知ったんだろう?
そして、さながら恋人のように組まれたこの腕は何だろう?
仕事としてお客様と触れることはあれど、
俺と逢うのが初めてということは、お客様でもないのだろう。
「えーと…それでは、どこでりせはのことを?」
「ふふっ………聞くが良いわ!」
待ってましたとばかりに女性の目が輝きだす。
組まれた腕にも今まで以上に力がこもって、若干痛いくらいだ。
「忘れもしないわ…あれは1週間前のこと!
友達と食事に行って、ついつい飲みすぎちゃったのよね。
それで、お店から出たは良いけど足がフラフラで動けなくなっちゃって…。」
記憶の糸を必死に手繰り寄せる。
仕事明けの歌舞伎町なんて、どこもそんな人でいっぱいだ。
日常茶飯事すぎて、なかなかピンと来ない。
「で、そこに現れたのがりせは君なのっ!!
カッコ良かったわ…颯爽と現れて、私に手を差し伸べてくれて!!
優しく微笑んで、"大丈夫ですか?"って言ってくれたの!
これは運命だって思ったの…運命の王子様に違いないって!!」
「はぁ………りせは、覚えは?」
『えーと…その…そんなことあったような…なかったような…』
「ひどいっ!りせは君は私のこと覚えてくれてないのっ?!」
『いやあのすみませんっ!その、多分急いでて…』
仕事が終わったら、すぐに家に帰って家族の朝食の準備をしないといけない。
恐らく、急いで帰る途中に偶然見つけただけなのだろう。
申し訳ないけれど、覚えてないのが真実だ。
「まったくもう…いいわ、りせは君だから許してあげる。」
「………お嬢さんさ、足がフラフラになるほど酔ってたんでしょ?
何でそれがりせはだってわかったの?大体、どこで名前知ったの?
りせは、お前名刺とか渡しでもしたの?」
『まさかっ!!そんなことしてねぇよ!!』
「そうそう、りせは君はそんな営業まがいのことしないわよ。
私が調べたの。正しくは調べさせた、だけどね。
大変だったのよ?酔ってて記憶もあやふやだし…。
探偵に調べ上げさせて、やっとここに辿り着いたの!!
街の監視カメラも無理矢理公開させたんですからねっ!」
「それはそれは…」
「大した熱の入れようで……」
「ふふっ。でしょう?」
俺の隣のお嬢さんは、満足気に笑う。
「ねーっ?」と同意を求めて首を傾げられるけれど、
俺には引きつった顔で乾いた笑みを返すしかできなかった。
俺1人探すために探偵とか、監視カメラ調べるとか、
とてもじゃないけど常識の範囲じゃなかった。
少なくとも、俺にはお金の面で断念せざるを得ないだろう。
「えーと…お嬢様がりせはを知った経緯はわかりました。
それで、今日はどのようなご用件でこちらへ?」
「りせは君に逢うためよ。当たり前じゃない。
調べがついたって聞いて飛んで来たのよ!」
「りせはがホストだとお知りになった上でお越しになったんですよね?
それでは営業時間内にお越し頂ければ良かったのではないですか?
その………当店のホストとも入り口で口論なさっていたようですし。」
「あのホストたちが分からず屋なのよ!
全く理解できないわ!この私が来てやってるって言うのに!」
「それはさすがに横暴では…」
「何言ってるのよ!
りせは君に逢うのに営業時間内も外も関係ないわ!!
私は1分1秒でも早くりせは君に逢いたかったの!!
それなのにあのホストたちったら頭が固いんだからっ…」
極力オーナーに任せて黙っているけれど、
正直、理解が追いつかない。
俺1人にここまでする価値があるとは到底思えない。
たった1度酔ったところを助けただけでそこまでなるのだろうか?
混乱し続ける俺の思考回路に、
さらに理解を越える言葉が飛び込んでくる。
「りせはに逢うことが目的だということは、
既にその目的は達成されたということですよね?
ご存じだとは思いますが、当店はただいま開店準備の最中です。
もしりせはに逢いたいのであれば、それは是非開店時間内に改めて―――…」
「嫌よ。どうして私がそんな苦労しなくちゃいけないの?
りせは君に逢うためにこの私がわざわざ来てるのよ?
それを追い返す気?また足を運べですって?冗談じゃないわ。
大体目的は逢うことだけじゃないのよ。」
「…と、仰いますと?」
「単刀直入に言うわ。りせは君を私にちょうだい。」
『なっ?!』
「えっ?!」
「はっ?!」
またしてもオーナーとamuと俺の声が重なる。
こんなこと、この先この店に勤めていても何度もないだろう。
自分の耳を疑う以外の方法がない。
告げられた言葉が信じられない。
「ちょうだい、と…えーと…それは、どういう………」
「言葉のままよ。
私、りせは君―――いいえ、りせはが欲しいの。」
「欲しいって、りせははものじゃないだろ?」
「わかってるわよそれくらい。でも欲しいんだもの。
………ねぇりせは、私と、結婚して。」
『………………え?』
「"え?"じゃないわよ。まったく可愛いんだから!
私の、旦那さんになってって言ってるの!!」
『え、いやだから、あの………え?』
心が具現化するなら、きっと今俺の頭上は"?"でいっぱいだ。
彼女の発言は、突拍子がなさすぎて、理解のしようがない。
何がどうしてどうなったらそうなる?
逢うのは2度目とはいえ実質初対面。
まともに話したのが数分前の人間相手に―――結婚?
俺は今、夢でも見てるんじゃないだろうか?
悪い冗談にしたって、限度がある。