ひわひわのお話。2
『―――俺っ、この店を』
「「「お断りします。」」」
俺の声をかき消すように、フロアに声が響く。
驚いて、続きの言葉は出てこなかった。
オーナーと、amuと、気付けばあんずさんも傍にいた。
「どうして」とみんなに言いたかったけれど、それは言葉にならなくて。
びっくりした俺の表情がそんなにおかしかったのか、
一瞬だけ表情を崩して、そこからまた真面目な表情に戻って口を開いた。
「申し訳ありませんが、その条件は飲めません。」
「あんた本当にりせはが好きなの?りせはを幸せにする気あんの?
りせははあんたの欲望を満たすための道具じゃないって知ってる?」
「お金が与えてくれるのは、わずかな時間の錯覚だけです。
お金で結ばれた関係なんて、時が経てば虚しいものですよ。」
まるで打ち合わせたかのように、3人が代わる代わる話す。
俺は、状況が上手く飲み込めず、ただ見ているしか出来なかった。
・・・どうして?
俺が結婚をしなければ、この店はなくなってしまうのに。
俺さえいなくなれば、みんなはずっとここにいられるのに。
どう考えたって、みんなにとっては、
俺が彼女と結婚するのが1番良い方法のはずなのに。
「っ………何様のつもりなのよあなたたち!!
私が話をしているのはりせはだって何度言ったらわかるの?!
あなたたちには聞いてないの!黙っててちょうだい!!」
「わかっていないのは、あなたの方ですよ。」
「こんな苦しそうな顔させておいて、よく言えるよね。」
「うるさいわね!!黙れと言っているのがわからないの?!」
「黙りませんよ。
黙っても、あなたはりせはを幸せにしてくれそうにはありませんから。」
『みんな………』
こんな状況で不謹慎だとは思うけれど、
みんなが俺のことを想ってくれる気持ちが嬉しくて、
つい目頭が熱くなってしまう。
そんな状況じゃないということは重々分かっているけれど、
それでもみんなの気持ちが嬉しかった。
「あなたたち頭悪いんじゃないの?!
自分たちの店が潰されるのよ!?わかってるの!?」
「わかっています。でもそれは大した問題ではありません。
ここを潰すというのなら、また別の店を探します。
そこも潰すというのなら、また次を探すまでです。」
「なっ………バカじゃないの?!
りせは1人を手放せばこのままお店は続けられるのよ?!
第一、次を探すって言ったって外から圧力がかかってる人間に
土地を貸すようなお人好しがどこにいるっていうのよ!!」
「場所なんて、どこでも良いんです。
歌舞伎町じゃなくても、新宿じゃなくても構わない。
みんなでやれるなら、どこだって良いんです。」
「呆れた…正真正銘のバカだわ………!!」
「私たちに必要なのは、"ココ"じゃない。場所じゃないんです。
大事なのは、一緒に働く仲間なんです。」
「仲間?何それ。偶然同じ店に勤務していて、ただ一緒に働いているだけでしょう?」
「世の中に沢山あるホストクラブの中からこの店を選んで、一緒に働いている。
それだけでも十分奇跡だと思いませんか?」
「馬鹿馬鹿しいっ…!!そんなきれいごといらないわ!!」
「………あんた、仲間どころか、本当の友達いないんじゃないの?」
「ッ―――!!」
「お金でしか結ばれてないから、誰とも長続きしなかったんじゃない?違う?
全てお金で解決してきたから、今回も出来ると思ったんでしょ?
残念だけど、世の中全員金で動くわけじゃないんだよ。
少なくとも、この店にはそんなやつ1人もいない。」
「そして、見返りなしであなたを助けてくれたからこそ、りせはに惹かれた。
些細なことでも嬉しかったからお金を積んででも探し出した。違いますか?」
「なっ………なん、なのよっ…あんたたちっ…!!!」
女性の表情が、次第に歪んでいく。
amuやあんずさんの言葉が的を得ていたのか、
言葉に覇気はなくなり、体はずるずるとソファに沈んでいった。
『えっと…あの………大丈夫…です、か?』
「な、によ………!!」
どうすれば良いかわからず、
とりあえずポケットに入れてあったハンカチを差し出す。
女性は引っ手繰るように俺の手からそれを奪い取り、
泣いているのが恥ずかしいのか慌てて目元をぬぐった。
そこにいたのは、
さっきまでの俺に結婚を強要してお店を潰そうとしていた人ではなく、
ただの普通の女の人でしかなかった。
「ここにあるから、"Hiwaily*2"なわけではないんです。
りせはがいるからこそ、"Hiwaily*2"なんです。
僕たちも、お客様も、りせはを必要としています。
"代わりの誰か"では補えないからりせはがいるんです。
だからりせはが心から望まない限り、辞めさせるわけにはいきません。」
『オーナー………』
「りせはの明るさや真っ直ぐさに、何度励まされたかわかりません。
来て下さるお嬢様方も、私たちスタッフもね。
りせはのいない店なんて、考えられないんです。」
「………………」
「こんなちんちくりんでギャーギャーうるさいやつだけど、
こいつに逢いたいからってわざわざ遠くから来てくれる姫もいるんだ。
こいつがやるべきことは無理矢理あんたと結婚することじゃなくて、
ここでより多くの姫を笑顔にすることだよ。
それに―――…俺を越えて、No.1になってくれるんだろ?」
みんなの言葉が、胸を温かくする。
普段なら絶対聞けやしない言葉だけど、
大事な言葉はそう簡単に言ってはいけないと思う。
だからこそ、この言葉は全部みんなの本心だと思う。
みんなの言葉が、優しさが、俺を幸せにしてくれる。
『あ、の…その…俺、上手く言えないけど、
でも、やっぱり俺、まだここにいて、みんなと働きたい。
だから…結婚は出来ない…けど、ここも、なくしたくないんだ。
虫の好いこと言ってるかもしれないけど、でも………お願いします!』
女性に向かって頭を下げる。
一度は承諾しかけた話だけど、
でも、俺の本当の気持ちはこっちだ。
ここにいたい。
みんなといたい。
家族にはまだまだ迷惑をかけてしまうけど、
それでもこれが俺の心からの意思だ。
「………ら…よ………」
『え………?』
「こんな男、こっちから願い下げよって言ったのよ!!」
『えっ?!』
「ホストと結婚したなんて言ったら、私の株が下がるわ!
庶民っぽいからマナーとかなってなさそうで私が恥かきそうだし………」
「あ?またバカにされてる?」
「まぁまぁ、ちょっと落ち着いて、amu」
『えーとそれは………どういう………』
「だから!!私の方から断ってあげるって言ってるのよ!!」
『えっ?!じゃあ、お店潰すっていうのは―――!?』
「しないわよそんな面倒なこと!
だったらもっと有意義に投資でもするわ!!」
『本当にっ?!あ、ありがとうございますっ!!』
「ちょっ、痛いわよ!あんまり強く握らないで!!」
『わっ、ご、ごめんなさい!!』