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すみびすみ
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novelistID. 17622
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大宮サンセット(仮)

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やはり隠し切れていなかった。自分の心の不穏を悟られていたことが確定して情けない気分になる。幼馴染の顔は険しいままだった。今の彼の憤る心や不安を取り除くにはどうしたらいいのか、考えたが、良い答えがどうしても見つからなかった。
「…ごめん、心配かけて」
「……」
「でも、もう大丈夫だから」
精一杯口先だけでも体裁をととのえようとして発した言葉にアキラの顔はますます険しくなる。いったい何が彼の感情を波打たせているのかわからないまま、ケイスケはその視線が鋭さを増していくのをただ眺めるしかできない。しかし次の瞬間、アキラがかたく強張った表情をふいに解くのが見えた。
短く深いため息を、ひとつつく。
「だから、そういうの」
「え」
「大丈夫じゃないのに大丈夫だって思い込むな。平気じゃない時にまで、自分に嘘つかなくていい」
「嘘…って」
「…そうやって自分ひとりで何もかも持っていこうとするところ、いい加減直せ」
足元がぐらぐらと揺れる気分がした。気を抜くと、目の前の彼の姿が歪んでしまいそうだ。強くなったと思っていた自分がまやかしであると、言い逃れできないほどに気付かれてしまったことを知り、いたたまれずに俯く。
「俺は、…ただ、心配、かけたくなくて」
自分はあのときから何一つとして変わっていなかった。あのとき、ほかならぬ自分のその下手な作り笑いが彼を苛立たせていたというのに、自分のその心の弱さが、彼を傷つけおびやかしたというのに。
「もうこれ以上、間違わないように、って…」
過ちを償い繰り返さぬために求めた強さが、ついぞ自分には手に入れられないものだと思い知り、何を言ったらいいのかわからない。声を捻りだすのがやっとだった。
幼馴染はそれを聞くと一瞬、何かに気づいたように目を丸くした。それからしばし逡巡するように瞼を伏せる。
重い沈黙を飲み込んで、再びゆっくりと口を開いた。
「…嫌だったら」
アキラの声がしんと静かな道に一筋通る。激しさもなく、起伏にも乏しいが、なんとよどみなく、頭にたしかに響く声であるかと、ケイスケは思った。
「心配するのが嫌だったら、俺はここにいない」
聞こえの良いその声から発せられるその意志を、すぐには理解できず、次の一瞬のうちに何度も反芻して、ケイスケはアキラを見た。
もう数段ほど穏やかに静められた顔がまっすぐに向けられていた。強さはない。しかし眼にはもう一抹の揺らぎも浮かべられていなかった。かわりに薄く清廉な青が、くっきりとした形をもって佇んでいる。この色が何かに崩れることも染まることも、もう二度とないのだということを、すんなりと感じ取ることができた。
「……」
自分がかつてその身を賭してまでも守ろうと願った彼の、形ある決意を目の当たりにして、ケイスケはそれに真っ向から向き合い応えなければならないと思ったが、彼の眼を見て平静でいつづけることは、どうしてもできなかった。今にも泣きそうな顔を見られないように極力下を向いて、声を絞り出すことが関の山だ。
「…ありがとう」
彼は答えない。撫ぜる手もいたわることばも、かき抱く体もない。必要ない。ただ、まなざしだけがそこにある。それで充分だと思った。足元を見ると、自分とアキラの双方から延びる影は周りの夕闇にいつのまにか溶け始めて、境界線がぼやけていた。
「…もう、大丈夫」
「……そうか」
短いやりとりをして、どちらともなしに歩き始める。言わなくても方向はわかっていた。涼しく弱い風が吹く。自然に歩調が合って横に並んだ彼の、その顔を見ることがまだできずに前を向くと、薄い雲が西に向かってゆっくりと流れていた。あと数歩で白壁が切れる。その先の交差点を左に曲がれば、帰りつくその部屋はすぐに見えるはずだ。
「ケイスケ」
思いがけず呼ばれたのは壁の果てから一歩踏み出すか踏み出さないかというときで、彼の方から声をかけてきたという状況に驚いて反応が遅れたために、とっさに横を向くのと同時に視界が突然ひらけてしまい、彼の表情を見るよりも先にまぶしさに目を眇めることになってしまった。
「な、なに」
「お前、今の…」
風に吹かれて彼の跳ねた髪の一房が小さく揺れる。鈍い金属のような色合いのそれは、背後の夕陽に染められていくらか明るい輝きをもっているようだった。
「今言ったこと、…嫌だと思わなかったか」
彼のいま考えていることについて、言葉から推し量れる要素が今度こそひとつも見当たらず、聞き返してしまった。「なんのこと?」
「だから、俺が言ったことだよ」
「うん」
「嫌だとか辛いとか、逃げ出したいとか、思わなかったか」
問うところがよくわからなかったが首を振った。彼の言葉はあいもかわらずてらいがなく直接的だったが少なくとも今の自分にとっては大いなる救いだった。そのことを伝えようとしてうまく声にのせられず、また彼の求める答えはそこにないような気がして、ただ黙っていると静かな溜息が聞こえた。
「…なら、いい」
彼はその後にまたなにか続けようとしたように見えたが、開きかけた口を閉じ、背を向けてケイスケの先を歩き始めた。困惑してケイスケは後を追う。歯切れの悪いまま終わってしまった会話に寂しさをおぼえ、わけのわからないまま顔を背けてしまった幼馴染に焦りを感じて、なにかかける言葉はないかと探し始める。彼がどうしてそんな問いを投げかけたのか、その意味を考え、思いついたことを思いついたままにうっかり、口にしてしまった。
「アキラ、もしかして気にしてくれたの」
「…なにを」
「ええと、アキラのせいで俺が傷ついたんじゃないかとか、言い方が悪かったんじゃないかとか」
「……」
アキラのあの息を切らして自分に追いついてきてくれたときの顔を思い出す。言っているうちにだんだん幸せな気持ちになってきた。すらすらと口をついて出るその流れのままに、ケイスケは続ける。
「アキラもけっこう不器用なところあるから、言った後で後悔することもあるんじゃないかなって。でもアキラもアキラなりに俺のこと気にしてくれてるのわかったし、なんか今はそういうぎこちないところがかわい」
言い終わる前に腹部に壮絶な衝撃を受けて口から変な声が吐き出された。完全に気を抜いていたので勢いの赴くままに打ち出される。ケイスケの軽くない身体は数コンマのあいだ低空を飛び、やがて無様な音を立てて地面に張り付いた。
「いてて…な、なんで蹴るんだよ!」
軋む体を起こして抗議する。ところどころ擦り傷ができていたが、こういうときすぐに反応できる丈夫さは、幼馴染からの蹴りや鉄拳制裁が日常的になった現在においてはケイスケの助けだった。もっともこの体質があの数日間以来のものなのかそれ以前からのものなのか、今となってはわからない。
「照れることないじゃないか、図星だったからって」
「うるさい」
「ここのところ毎日だよなぁ、蹴ってくるの…」
作品名:大宮サンセット(仮) 作家名:すみびすみ