【東方】東方遊神記6
「さて、諏訪子も行ってた通り、同化するっていうのは本当に言葉通り、混ざり合って一つになるってことなんだけど、正確に言えば、あたしが彼女らを吸収してあたしの体の一部にするって感じかな。本来大した力を持ち合わせていない精霊が、神の名を冠して、ある一定の場所をあらゆることから守るというのは到底無理な話なんだけど、これに関しては仕方ない部分があってね。元々精霊っていうのは自然の具現化みたいな存在だけど、だからこそ、自然を守るのはその地の精霊が一番良いんだ。大概の精霊はそんなこと気にも留めないけど。でもその中でも、極まれに、自分の住んでいる場所が大好きで、その場所を守りたいと真剣に考える奴が出てくる。今回の場合は山だけど、そういった奴らが、自分の住処を含むその辺一帯を仕切る土地神に懇願して、守れるだけの力を授けてもらうんだ。土地神にとっても、山だけに囚われるわけにはいかないから、好都合だったわけ。この流れは、日本全土でみられたよ。でも、いくら神に力を与えてもらったとはいえ、所詮は精霊。最初のほうは何とか頑張るんだけど、半年も過ぎると次第に力が尽きてくる。そして、暦でいえば12月から翌年3月くらいの間でほとんどの大聖霊は力尽きて消える。 実際は9月あたりから大聖霊の力は弱まってきて、それがその子が守る地域に影響を及ぼし始めるんだけど。これが、日本の四季がほかの国と比べてはっきりとしている由縁なんだ」
他の国のことは知らないけど、と付け加えて、神奈子は空を見上げて大きく息をついた。空には雪でも降るんじゃないかというような薄い灰色をした雲が、途方も無く大きい屋根のように一面に懸かっていた。ここ幻想郷で数年前に起きた異変では、御花見の時期になっても一向に冬が終わらず、毎日大雪の日が続いた。今年はまだ霙(みぞれ)が一、二回降った程度。冬の冷たい空気は好きだが雪が積もるのは嫌うという幻想郷の冬妖怪(異変の時にテンションの上がっていたあの『くろまく』は例外)にとっては今のところ理想的な環境である。真冬の冷たく透き通った空気が神奈子の体をクリアーにする。何千年という常人には想像もできないような時を過ごしてきた彼女にとって、絶対に忘れられないこと、絶対に忘れたくないこと、悲喜交々(ひきこもごも)な出来事が途方もないほどあっただろう。今話していることはその中でも神奈子にとって特に大切であるに違いない。大きく深呼吸した神奈子は、続きを話しながら歩き出した。
「やっぱりこの話は長くなりそうだから、歩きながらしよう」
神奈子に言われ、早苗も荷車の所に戻り、皆また天狗の隠れ里へむけて歩みだした。・・・こういう話は自分たちの家でしっかり腰を据えてしたほうがいいんじゃないだろうか?「さて、日本の四季の成り立ちは今言ったとおりなんだけど・・・大聖霊になって、役目を終えて消えた精霊は、普通の精霊と違って再生できないんだ。つまり完全に死んじゃうんだよ。当時それを目の当たりにしたあたしは、それがとても可哀想に思えちゃってね。諏訪子には反対されたんだけど、自分の神としての責務を果たしつつ、二万近くもある全国の山々の大聖霊に力を与え続けたんだ。消えてしまわないようにね」
この時神奈子はなぜか微妙な表情をしていた。まるでその時の自分を恥じているかのように。
「諏訪子殿は神奈子様を手伝ってはあげなかったのですか?」
青蛙神は手伝ってあげるのが当然だとばかりに、少し責めるような口調で諏訪子に言った。しかし諏訪子も何を馬鹿なと言い返す。
「当然手伝わないよ。だって僕はむしろ止めたかったんだもん。神奈子がやってたことはそれまで長い年月をかけて日本という土地が固めてきた在り様を否定するものだったし。実際問題神奈子のせいで日本の四季は狂ったんだ。神奈子に力をもらい続けた大聖霊たちは当然力が衰えない。だから季節はずぅ~っと春夏のまんま。春や夏を好まない、もっと言えば春夏には満足に行動できない生き物や妖怪だっていっぱいいるのに。人間たちの中には厳しい冬が来ないって喜んだ奴らもいたけど、それもごく一部。結果的に多くの存在から大きな反感を買って、その時神奈子に対する信仰は急激に落ちたんだ。信仰が減れば当然存在力も落ちる。そんな状態が続いたら神奈子の体が持たなくなるから、てっきり力の供給を止めると思ったのに、なんとこの娘は弱りながらも大聖霊に力を与えるのを止めなかったんだ。当時僕は第一線から外れて、神奈子に全て一任していたんだけど、さすがにこのままだとまずいと思って止めようと思ったんだ。そしたら・・・」
「諏訪子」
それまで諏訪子の言うに任せて静かに聞いていた神奈子が突然諏訪子の話を遮った。どうやら諏訪子はおしゃべりな神のようだ。
「そこから先はあたしに言わせてくれ。あたしの口から言ったほうがいいと思うんだ」
そう言った神奈子の顔は先ほどよりも険しくなっていた。
顕界の西洋では、神は全知全能で、非の打ちどころのない完璧な存在だとか言われているようだが、もし本当にそんな存在がいるのなら、是非会ってみたいものだ。いくら神と言われたって、何でもできるわけじゃない。むしろ、人間臭い部分を多く持ち合わせているものだ。少なくとも私(筆者)が見た顕界日本の神たちは皆そういう風に感じた。神奈子のこの表情も、そんな人間臭さの表れだと思う。幻想郷で神と言われている存在だって、全員人間臭いし。
作品名:【東方】東方遊神記6 作家名:マルナ・シアス