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時を刻む唄

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2.責任取っていただきます(怒)



「竜ヶ峰君。その顔、一体どうしたんですか?」
「うううううううう」

 後数日で中間試験となるある秋の朝、いつもの通りに登校すべく、園原杏里のマンションまで迎えにいった帝人は、彼女に心底驚き凝視され、ただひたすら羞恥に身悶える羽目になった。

「あー、実は今、地球に宇宙から凶悪なアレルギー物質が飛来してだな、人類は常に襲われているんだぞぉ~♪ 怖い怖~い♪」
「ふざけろ馬鹿臣!! 襲いかかってなんかないし!!」
 っていうか、そもそも誰のせいでこんな目に合ったと思っている!!

 彼の青い制服の背のど真ん中に一発、綺麗に回し蹴りが決まっても、悔しい事に喧嘩慣れした正臣はビクともしないで笑い転げているし。
 杏里だって春からたった五ヶ月の付き合いだけど、調子の良い帝人の片割れの台詞は9割嘘だと知っていて。
 なので朝からテンション高く、陽気な紀田の事を完全に無視し、真剣な眼差しで顔を覗き込んでくる。彼女が本気で心配してくれているのが心に沁み、癒されて落ち込んでいた気分も、ちょっぴりだけ浮上した。

「……蕁麻疹(じんましん)ですか? それとも何かに被れました? アレルギーがあったなんてお聞きした事ありませんが、拙い物を食べたとか……。まさか、また紀田君が怪しげな薬を盛ったとか……」
「してねーって。でも……、まぁ、俺のせい♪ だよなぁ、帝人ぉ♪♪」
「知らないよ変態!! 変質者!!」
「へへへへへ~♪ でも、そんな俺が好きなんだもんなぁ~♪ 帝人はさぁ♪♪」

 にまにま幸せそうな正臣が、心底憎い。爆発しろ。
  
 この男は、今まで帝人への恋心をひたすら隠し、ナンパな女好きを演出してきたものだから、親友となった杏里の前で、素直な自分の心を曝け出し惚気られるのが嬉しくて仕方がないのだ。
 しかも奥ゆかしい秘密主義な帝人と違い、えっち行為だって、べらべらオープンにしゃべりたい明け透け馬鹿だから、本気で始末に終えない。

 逆に、杏里の眼鏡の奥底にあった大きな瞳が、一瞬で赤く染まる。

「……紀田くん。もし貴方がまた竜ヶ峰くんを、意に沿わぬ方法で襲ったのなら、………今度こそ切ります……」
「園原さん待って!! 違うから!!」
「そうそう。確かに初体験は強姦だったけど、今の帝人は俺に何されても喜んでるからさ♪ 俺達ラブラブ~♪」
「朝っぱらから往来で、下ネタ叫ぶな黙ってろぉぉぉぉぉぉ!!」
「切ります!!」

 左腕を90度の角度に立て、いつの間にか其処に生えた日本刀の柄部分を引っ張り、ずるずると長く青光りする美しい妖刀の刀身を抜く。
 こうなった彼女に逆らう術など無い。
 この三人の中で一番喧嘩が強いのは、抜き身の妖刀を体内に収納し、いつでも取り出せる杏里だ。餌付け担当の帝人など、例え包丁を装備していたとしても、ヒエラルキーの最下位。
 だが、正臣には半端な身軽さと逃げ足の速さというスキルがある。
 臨也程憎たらしくないけれど、鼻歌混じりでひょいひょい笑顔で杏里が振り下ろす日本刀を、軽やかなフットワークで危なげなく避けまくるものだから、彼女の怒りのボルテージがどんどん上がってしまう。

「おとなしくしなさい!!」
「園原さん!! ここ外!! 人目!! 刀仕舞って、殴るか蹴るかにして。お願い!!」

 帝人は青い目にじわっと涙を浮かべ、実は顔だけでなく全身同じような赤いぼつぼつまみれになった我が身の痒さをぐぐっと我慢し、杏里の妖刀を封じるべく飛び掛った。


★☆★☆★

 帝人の赤い発疹の原因は、昨日、杏里が夕食を取り終え、帰宅してしまった後に遡る。


「はぁい正臣ぃぃぃ。いい加減、今日こそ真剣にやってもらうからね♪」
「……うぇ。嫌、だって俺、八時から見たい番組があって……」
「録画しろ♪」

 笑顔で特大クリアケースと、空っぽの大きな洗濯籠を突きつけても、怠け者はまだぐだぐだとソファーでころりと横になったまま、TVの前からビクとも動きやがらない。

「来週でもいいだろ、な? 食後はゆっくりした方が、胃にも優しいし♪」
「その言い訳、使い続けてもう一週間だね。そろそろ僕本気で怒るけど覚悟はいい? 明日から弁当は各自で作成する事にしよっか。ただし一食のおかず代は100円まで。オーバーしたら、その分君の小遣いから容赦なく即没収だ。頑張って♪」
「NOooooooooo!! ひでぇよ帝人、俺にできる訳ねぇじゃんかよぉぉぉぉ!!」
「だったらさっさと働く。これ以上ごねる気なら、明日からの朝食と夕食も作らないから♪」
「鬼ぃぃぃぃ!!」
「うざい!!」

 大げさに頭を抱えてゴロゴロ転がりまくる馬鹿の背中を、容赦なく、笑顔でぐりぐりに踏みにじる。

 確かに料理は自分の趣味だ。
 美味しいものを作るのも、正臣や杏里に食べて貰って『美味い!!』と驚かれ喜ばれるのも嬉しい。
 だから炊事は納得して、100%自ら進んで担当している。けれど、誰が何時、掃除洗濯その他諸々まで、全部やってやると言った?

 ルームシェアをし、家賃と光熱費も全て折半しているのだから、炊事以外の家事ぐらい、最低でも四分の一、ゆくゆくは半分ぐらい担当しろよと要求したって罰は当たらない筈。しかも、今から行う作業は正臣の衣替えで、帝人の物ではない。

「……ああ~、だりぃ……」

 不貞腐れた怠け者を引っ張り起こし、二人が寝室に使っている部屋へと連行する。
 7.2畳あるフローリングの主な家具は、最近買ったばかりの巨大なダブルベッド、それに姿見と32インチのTVだけだった筈が、いつしか正臣が持ち込んだゲーム機や漫画雑誌等が、床のあちこち散乱しており見苦しい。
 帝人はそんな邪魔臭い雑誌を足で蹴散らし、壁にすっきり取り付けられている大きな観音開きのクローゼットの扉をに手をかけた。
 ここが開かずの間になって早三ヶ月。
 息を止め豪快に開くと、酸っぱい異臭を撒き散らしつつ、ばさばさと音をたてて頭上に衣類が降ってきた。

「……ま~さ~お~みぃぃぃぃぃ……」
「ほれ、使え」

 手渡された消臭スプレーを周辺に勢い良く掛け捲り、ようやっと一通り見回してから大きくため息をつく。
 

「増殖しすぎ」
「そうか? こんなもんだろ、今時のヤローなら」
「僕に対する挑戦?」
 きつく握った拳も、怒りでぷるぷる震えてくる。

 親からの毎月の仕送り額も三倍違うし、三年間都会に住んでいた彼と田畑しか無い田舎で暮らしていた自分となら差が生まれても仕方ないと思うが、何だこの布の山は?

 春、ここに帝人が引越してきた時は確か、「お前のは、こっから左側な」と、半分空にして貰った筈。なのに帝人の少ない服などあっと言う間に埋もれてしまった。
 しかもハンガーの数が足りず、Tシャツの上にジャンバー、それからジャケットというように、二重三重に着るものが重ねられて、何処に何があるのか訳が判らなくなっている。
 その上一回着た物も『まだ洗濯はいいや』と不精して突っ込み、そのまま忘れやがったものだから、夏の頃かいた汗が発酵した上、黴匂い。 

(……置き型の消臭剤もいるかなぁ。台所の竹炭余ってたっけ。ああ、買ってくるまで重曹でもいいか……)
作品名:時を刻む唄 作家名:みかる