時を刻む唄
帝人と交際をスタートし、【学校一チャラいナンパ少年】の名は返上したけれど、お洒落はやめられないらしい。
暇さえあればふらりと古着屋やアクセサリーショップを巡り、シルバーアクセや服を大量に買ってくる。
自分のお金をどう使おうと勝手だけど、管理できない服道楽の結果がこのザマだ。片付けも満足にできないのなら、大概にしやがれ馬鹿野郎とグチの一つ二つ零したってバチは当たらない筈。
「帝人ぉ、んで、このデンジャラスなパーフェクトボーイな俺様は、何やればいいんだ?」
「ふーん、この期に及んで、あくまで他人事気取りなんだ」
憎たらしいので、彼の耳に光る銀のイヤーカフス諸共ぎゅむっと掴んで、力いっぱい抓ってやる。
「いってー!! 何すんだ!!」
「ここを魔窟にした罰だよ。さあさあ、とっとと仕分けする。洗濯するものはそこの籠、このまま仕舞えるものは僕に寄越して、秋冬でも使えるのは右側から順番に吊るす。あんまり無いとは思うけど、もし僕の服が出てきたら左側に寄せといて。古着屋に売るのはそっちの紙袋ね。終わったらフローリングもアルコールで拭くよ。それから、秋物と冬物も空いた所に仕舞うから。時間も無いし、ちゃっちゃっとやる!! 目標三時間ね!!」
「マジで? 面倒い」
「誰のせい?」
買ってきた防虫剤を半透明のクリアケースの底に撒き散らした後、正臣が放って寄越してきた春夏物を、片っ端から畳んで入れていく。時折、ズボラな彼が臭い汚れ物を寄越した時は、速攻で洗濯籠に放り込みつつ、奴の背中ど真ん中めがけて蹴りをくれてやる。
判っていた事だけど、帝人の分のハンガーは10本すら無かったのに、彼の服は吊るされている物だけで300点以上ありやがった。しかもクローゼットの最奥に置かれた全く機能していない五段の幅広クリア箪笥が2個もあって、その引き出しの中の、しけって黴臭いTシャツやインナーの類も掻き出して合わせれば、500点以上?
やっぱり馬鹿だ。
「うげぇ、こんな所に革ジャン入ってやがる!! おおおおお、緑の粉噴いてるよ、すげぇ、これって青黴か?」
「革は洗濯できないからね。今後も使うなら、ブラシで落としてぬるま湯で絞った布で綺麗に拭いてから、皮用クリーム刷り込んでの手入れだよ。僕は手伝わないから一人でやって」
「面倒くせぇの。んじゃ捨てる」
「それが入っていた引き出しも、アルコール除菌して」
ボロ布と500ミリリットルのアルコールボトルをブン投げる。
洗濯機と乾燥機をガンガン回しつつ、直ぐ手を抜く正臣を、蹴りたくりながらクローゼットの中の埃と黴を丁寧に退治する。
掲げた目標の前半戦を終える頃、帝人のイライラは頂点に達した。
肉体が疲れるより、心が折れた。
「何で値札タグすら取られていない物まであるんだよ」
古着屋に持っていく用に突っ込んだ紙袋の山を覗き込めば、未使用品がゴロゴロ入っており、ムカつきが益々増える。
「いや、だって……、東京の流行って早いし。時期逃しちまったら、格好悪くなるじゃんかよー」
「その都度売れ。もしくは未使用返品できるもんはしろ」
「あんまり煩え事言うなよ。おでこが益々後退するぞ」
「……あはははは。ねぇ、死にたいみたいだね?……」
イラついている時にコンプレックスを茶化されて、忍耐の限界を超えてしまった。
ゆらりと傾げそうになる体を踏みとどめ、ゲームの攻略本が積んであったスペースから、ボールペンを探し当て、高々と構える。
が、流石幼馴染。マジギレて能面みたいな顔になった表情を見つけた後は素早かった。
「わりぃ帝人!! 俺、片付け行ってくるから勘弁なぁぁぁぁ♪♪」
正臣は、彼の春夏物をぎゅうぎゅうに詰め込んだクリアケース6個分を廊下に蹴り出し、大慌てでドアを閉めた。それらは春が来るまで物置と化している4.5畳の部屋に仕舞いこむのだ。
このマンションは築30年ものだが、貸主が実は正臣の義父の祖母だ。
身内の特権で月4万円と価格破壊な値段な上、入居前にリフォームしたばかりで部屋は見た目も新しく、また3LDKと家族用で広い。
学生には勿体無い棲家である。
但し、掃除係が帝人一人でなければだが。
快適な居住空間が欲しければ、それなりの日々の努力が必要なのに、正臣は一月に一度も掃除機をかけなくたって平気で暮らせた。
彼に付き合っていれば、あっという間にこの家丸ごと腐界になるだろう。
「あーもう、本気で園原さんもルームシェアで来て欲しい。でも断じて掃除要員ではないからね。ここ重要!!」
と、臨也の言いそうな台詞を呟きつつ、きゅっきゅっとフローリングを雑巾で水拭きする手に力が篭る。
「でも、この部屋なら鍵ついてるし、……園原さんも、楽に住めるよね」
見た目日本人形なのに胸のサイズは欧米人並という、ギャップ激しい彼女は現在、臨時採用の那須島高志とか言う国語教師からセクハラやストーカー行為を仕掛けられていた。
学校内での厭らしい色目やお触りぐらいなら、正臣と二人でそれとなく連れ出して助ける事ができたのだが、先日、なんと彼女の部屋から盗聴器、それに携帯からは何と盗撮用のウイルス感染が見つかったのだ。
パソコン関係に詳しい帝人だったから、初期の段階で何とかなったのだが、自分の手持ちの携帯がそのまま盗撮に使われてしまうこの恐怖。あんな気持ち悪い教師に、大切な杏里の生着替の動画とかを盗られ、それを脅しやネット等に流されたりしたら、もう目も当てられない。
「……もし、再び仕掛けてきやがったら、今度こそ僕も怒るし……」
パソコンさえあれば、楽に未来を潰してしまう技術を、帝人はいくつも持っている。
それも確実に、那須島の教師生命ぐらい絶てる筈。
どっちにしろ、今後の那須島の出方次第だけど、杏里が今まで通りの無抵抗を続ける限り、反撃が無いと安心して舐め腐っている馬鹿は、何度も厭らしく迫ってきそうだ。
「……防波堤代わりに、この部屋を園原さん用の避難場所にするって言ったら、正臣、泣くかなぁ……、それも罰ゲームに面白そうだし」
拭き掃除を終え、湿気取り用の乾燥剤も四隅に設置する。
だが秋冬物、諸々を片付ける下準備が出来上がったのに、あんにゃろうは荷物を置きに行ったまま帰って来ない。
ベッドのサイドボード上にある置き時計は、無情にも23時を回っていた。
(げっ。……どうしよう。時間食いすぎたよね、これ)
「正臣ぃ!! 早く戻って来てよ!!」
焦りに任せて叫んだが、返事がない。
帝人には、三人分の弁当作りがある。
コンビニ弁当など論外だし、購買の甘い菓子パンなんぞ食事じゃない。
かと言って昼ナシで自分自身ひもじい思いもしたくないし、何よりご飯抜きと知った二人のがっかりする顔を見たくない。
平日の朝は大体6時までに起きるから、せめて4時間は睡眠を確保したい。
何としてでも2時までに終わらせなければ。
明日に差し支えるのは嫌だ!!
背後の二人が毎夜使っているダブルベッドをギンギンに睨みつければ、春夏服を仕舞う空クリアケースを作る為、帝人がひっくり返した正臣の秋冬物が、手付かずのまま山積みになって残っている。