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時を刻む唄

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 しかもあの馬鹿はこの春、帝人が引越しして来る前日、ここのクローゼット内のハンギング用ポールを半分空ける為、クリーニング所か洗濯もせず、防虫剤すら満足に入れずに大慌てでクリアケースに詰め込みやがったらしく、勿体無くも虫に食われた服はあるわ、酸っぱく匂うのがあるわ、汚いわで、これらも一々仕分けと洗濯が必要のようだ。

「……ふふふふふふ。このまま全部ゴミ袋に詰めて、資源ごみに出してやったら、さぞ気持ちいいだろうね……」


 焦りと疲れが、どんどん気分をささくれ立たせる。
 憧れの平和島静雄さんではないが、額にぴきぴきと血管が浮き出てきそうだ。

 その時、がちゃりと重々しい金属扉の音が聞こえた。
 この家で、そんな音を鳴らすのは、玄関のみ。
(何でこのクソ忙しい時に、外なんてほっつき歩いてんだよ!!)
 ムカつきが我慢メーターを振り切った瞬間、帝人は木のドアを思いっきり蹴り開けて、廊下に飛び出した。

「こら!! 正臣!! この忙しい時に、何処行ってた!!」
「ふふふふふ、気が利く俺様はちょっと燃料補給にな。ほれ、俺の奢り。休憩しよーぜ♪ じゃじゃーん♪♪」
 鼻歌混じりで明るく大きく腕を振り回しながら、彼はコンビニ袋を見せびらかす。
中から紙パッケージのチョコがコーティングしてあるミルクアイスバーを取り出すと、包装紙を剥ぎ、帝人の口に突っ込んでくれた。

「ううううううう、おいしぃぃぃぃ!!」

 疲れた体に、甘くて冷たい氷菓子が嬉しい。
 しかも、帝人だったら絶対買うのを躊躇う高級アイス、ハーゲンダッツだなんて!!

 滅多食べられない極上の甘味に、現金なもので、イライラしていた気分も吹っ飛び、目尻だって下がりっぱなしだ。

「ありがとう正臣!! 僕超幸せ♪」
「おうおう♪ 俺の為に頑張ってくれてるマイスィートハニーの為なら、これぐらいチョロイぜ♪♪」

 フローリングにどっかり胡座をかいて座った彼が、自分用にと袋から取り出したのは、青い色したガリガリ君ソーダだった。
 コンビニで売られているアイスの中で、ダントツの最安値を誇るそれを咥え、シャクシャクと噛み砕くその姿に、勘の良い帝人はピンときた。

(……あ、またお金使い果たした……)
 
 正臣は結構浪費家だ。
 貯金なんて「何それ美味しい?」とか言う位、後先考えずの男らしい性格をしている。
 親からの仕送り予定日まで後一週間もあるのに、なけなしの小遣いを全部叩いて帝人に奢ってくれるなんて。
 きっと、彼は明日から学校で紙パックジュースも買えない筈だ。

 馬鹿だなぁと思う。
 計画しとけとか、無駄な服ばっか買わないで溜めろよとか、マジ思う。
 それでも今、彼は帝人の苦労への労いを優先してくれたのだ。
 そんなじんわりと沁みるような優しさが、疲弊した心と体に嬉しくない筈ないではないか。

 正臣も男のプライドがあるから、お財布の中身は気がつかないふりをして、帝人は大切に大事に両手で持ち、アイスを舐め始めた。

「……本当……、僕、正臣が大好きだ……」

 これを噛む砕いて飲み込むなんてとんでもない。何としてでも、味わって食べると決めた。
 でも、チョコのコーティングが無くなった後の、ミルクアイス部分は非常に溶けやすくて、舌を駆使して掬っても、白い液がぽたりと滴り落ち、手の肘を伝って落ちていく。

「おっと」

 その一滴とて愛しくて、大きく舌でぺロリと舐めあげると、いつの間にか真横にいた正臣が目を見開き、人の顔を頑見していた。

「……ん?……」
「………みかど、お前……、エロい……」
「は? ごめん。今よく聞こえなかった。何て言ったの?」

 恐ろしくくぐもった正臣の声に、アイスを舐め続けたままこくりと小首を傾げると、気の強さが滲み出ている彼の琥珀の目が細まる。
 途端、帝人は手首を捕まれて引っ張り寄せられた。

「うわぁ!! 何!?」

 顔が近すぎ、彼の生暖かい息が顔に掛かかるし、形相もますます険しくなり、眉間の縦皺が怖い。
 一体、彼は急にどうしたのだろう?
 
 正臣の大きな口にかかれば、残り二口もないだろうけれど、咥えていたアイスを口から離し、差し出してみる。

「えっと、……食べる?」
だが、彼はふるふると首を横に振る。
「じゃ、何?」
「……お前……、これから他の奴の前で棒アイス食べるの禁止な……。俺、絶対ぇ身がもたねぇ……」
「は?」
「咥えさせてぇ」
「……は???……」

 彼はにいぃと、蛇を彷彿させるような、厭らしい笑みを浮かべた途端、いきなりアイスキャンディの残りを帝人の口に突っ込み、ぐいっと体を引っ張り起こしてきて。

「ふ、ふごぉ!?」

 あれよあれよという間に、膝裏に手を入れられ姫抱きにされて、背後のダブルベッドにポンと放り投げられる。

「ふ、ふごふごふご(ええええ!? ちょっと待て!! 待てぇぇぇぇ!!)」

 汗と黴臭い彼の分厚い衣類の山を背に、飛び起きる間もなく両手を押さえつけられ、服をそのままひん剥かれた。
 アイスの残りを飲み込み終える頃、帝人は訳が判らないまま野獣になった正臣に圧し掛かられ、そのままトコトン蹂躪される羽目になったのだ。
 多分、ダニが一杯うようよといたベッドの上で。


★☆★☆★


 怒り狂った杏里の正臣への折檻は、帝人の泣きが入った懇願により中止となった。
 だが怒りが納まらない杏里が、頼れる友人にメールを送ってしまった為、帝人は駆けつけたセルティによって、そのまま新羅のマンションに運び込まれてしまった。


「ダニアレルギーの蕁麻疹だね。大丈夫、ヒスタミン入りの点滴をうてば直ぐにおさまるレベルだよ」
「ありがとうございます。僕、午後からどうしても学校に行きたいんですが、間に合いますか?」
「二時間ぐらいで終わるから余裕だよ。んじゃ、私は今からちょっと近所で往診があるから行くけど、終わっったら針抜いて帰っても構わないから」
「はい、判りました」

 ちょっと太くて短い針を腕に刺されたけれど、想像より痛くなくて助かった。
 和室に敷いて貰った布団の上で寝転び、落ちる点滴の遅さを恨めしげに見上げる。
 何もする事が無いのに、二時間じっとしているのは辛い。

『寝てていいぞ。終わったら起こしてやるから』
「ありがとうございます、セルティさん」

 昨夜、暴走した正臣に散々蹂躙された疲労もあるし、ここはお言葉に甘えようと目を閉じた。
 学校には、杏里の口から午前中は体調不良の為休むと連絡をお願いしておいた。

 本当は丸一日休んだ方が良いと、杏里も言ってくれたのだけど、今日は午後一番にあいつ……、那須島の授業がある。
 盗聴事件が起きてからまだ日も浅い上、正臣は隣のB組。当てにならない。
 こんな自分でも、遠慮が多く、奥ゆかしい杏里の精神衛生上、居ないよりマシな筈。

 三人の仲良しグループで、二人がカップルになってしまったら、ただ一人あぶれてしまった者は孤独である。
 それでも彼女は、僻む事無く正臣と帝人の仲を、誰よりも一番祝福してくれた。

 だから絶対、彼女を那須島から守ると正臣と二人で決めたのだ。
作品名:時を刻む唄 作家名:みかる