時を刻む唄
遅い点滴に焦っても仕方がないが、絶対に昼前には学校に戻ってやる。
目を瞑り、うとうとしかけた正にその時、突如帝人の携帯から、けたたましく着信音が鳴り響いた。
途端、帝人は掛けて貰った薄布団を跳ね除け、飛び起きる。
「……ったく、あの変態が……!!」
『どうした?帝人?? 何だこのサイレン音は? 縁起でもない』
セルティが、何かトラウマでもあるのか身を抱きしめながらPDAを突きつけてくるのをちらりと見て、忌々しげに白い肩掛けカバンを手繰り寄せて中身を漁り、B5サイズの小さなノートパソコンを引っ張り出し起動する
「ちょっとしたトラップを仕込んでおいたんです。変態がまた園原さんに仕掛けたら、僕に知らせが来るように」
『何の話だ? 杏里ちゃん? トラップって? 意味が判らない!?』
再び、杏里の携帯に盗聴・盗撮できるウイルスを仕込もうとしたその時、帝人の携帯に連絡が勝手に送られるよう、那須島のパソコンをウイルスに感染させておいたのだ。
「簡単に纏めると、園原さんの体に欲情して、襲おうと付きまとっている下衆なストーカーが、再び犯罪行為を実行したよって、僕に知らせが来たんです」
『殺せ!!』
「言われなくても。彼女は僕らが守るんです」
帝人の虎の子、相手のパソコンに侵入するクラッキングツールを作動させ、キーボードに指を走らせる。
馬鹿はやはり、一度死ななきゃ直らない。
あいつはこの就職難の最中、コネで来良学園の臨時採用に滑り込めた。帝人が調べた所、都の教育委員に親戚がいるらしい。そんな強力なバックボーンを持っているので、生半可な攻撃だと、一学年上の女子生徒……、贄川春奈の時のように、セクハラされた杏里の方が、揉み消しで学校を放逐される恐れがある。
だから、仕留める時は一気に攻めなくては。
幸い、今から2時間も自由がある。
帝人があえて仕込んでおいた罠を発動させるには、十分すぎる長さだった。
★☆★☆★
『じゃ、気をつけてな。帝人』
「はい、セルティさん。ありがとうございました」
送ってくれた黒バイクに、ぺこりとお辞儀をすると、気のいい彼女は馬の嘶きと共に走り去って行った。
時刻はまだ11時半。
新羅の軽食と引き換えに、お米と鰹節と醤油と海苔と卵を分けて貰い、簡単なおかかお握りと玉子焼き弁当を三人前準備もでき、帝人は結構ホクホクしていた。
しかも、今の授業は大嫌いな体育だし。
正門を潜り校舎へと向かう途中は、グラウンドがまるっと一望できた。
今日は男子が体育館を使い、女子が外でバレーボールらしい。
それぞれが3チームに別れて試合をやっている。張間美香が鋭いアタックを相手コートにぶちかましており、勉強だけでなく運動神経も良いのに、なんであんな娘がストーカーなのかと思うと、残念な気がする。
(えーっと、園原さんは?)
てっきり張間のチームにいるかと思ったのに、姿が見えない。
かと言って、対戦チームにもない。
審判をやらされている訳でも、コートの端っこで体育座りをし、おしゃべりに花を咲かせて見学をしているグループにも居ない。
……という事は?
(まさか、那須島の奴!!)
ざっと全身から血の気が引いた。
さっき、携帯にサイレン音も来た事だし、あいつが何か理由をつけ、呼び出したかもしれない。
焦ってポケットから携帯を掴み出し、数行打ち込んでから我に返る。
学校に連絡を入れてあるとはいえ、遅刻しておいて携帯を弄くっていれば、下手したら生徒指導の先生に帝人が捕まる。
何所かメールを打っていても怒られないような死角は無いかときょろきょろと周囲を見回せば、丁度良い位置に体育館裏がある。
あそこなら、イチョウ並木も程よく茂っており、まずバレないだろう。
正臣へのメールを打ち込みながら足早に進むと、何か囃し立てるような女子の複数の声が耳に届く。
「この援交女!!何人に体売ったんだよ!!」
「那須島にべったりかと思えば、今度は紀田と竜ヶ峰?」
「キモいんだよてめぇ。もう学校来んなっつったろ!!」
三人の女どもに囲まれ、中央で頭を小突かれて膝を付いていたのは、体操服姿の杏里だった。
張間とチームが分かれ、しかも彼女が試合真っ最中なのを良い事に、ここに引っ張って来られたのだろう。
口汚く罵る罵声に、血まで凍るように怒りが滾ったが、ここはまず我慢だと堪えた。
咄嗟に手に持っていた携帯を構え、女の内の一人が、杏里の髪の毛を鷲づかみ、平手を食らわせた現場を綺麗に録画してから、携帯を耳に当て、大きく息を吸う。
「まぁさぁおみぃぃぃぃ!! 園原さんが、今、また体育館裏で三馬鹿に絡まれてるんだけどさぁ、その内の一人って、確か君が昔、手当たり次第ナンパゲームをしていた頃、引っかかったアホ女の一人だよね。ねぇ、どう責任取ってくれるの? うん、今証拠の動画もそっちに送ったから、僕の合図で動画投稿サイトにUP宜しく♪」
「てめ、竜ヶ峰!!」
「あ、それから生徒指導の先生にも、メールの準備しておいて。それから直ぐここに来い」
携帯をポケットに突っ込み終える頃、アホ女呼ばわりされた娘が、逆上して力一杯殴りかかってきた。それを薄ら笑いを浮かべたまま、その平手を避けずに受ける。
パシンと乾いた音が鳴り、さっきまで蕁麻疹で痒かった頬が再び熱を帯びた為、疼痛も蘇って掻き毟りたい。
が、それをぐっと我慢し、叩かれたほっぺを指で突付きつつ、にんやり笑った。
「これで僕と園原さんが、それぞれ医師の診断書を用意して、学校に提出したらさ、君、暴行罪になるよね。さて、停学か彼女と僕に謝罪、どっちが良い?」
「こいつ、頭膿んでんじゃね?」
「委員長の癖に脅す気かよ」
「事実を言ったまでだけど。それにこっちには虐め現場の証拠映像も、今までの分沢山あるし。全部一気に投稿したら、随分と面白い事になりそうだね。親呼び出しは勿論だけど、TV取材レベル? 君達の顔写真も実名もネットで晒され、家族も巻き込んで白眼視か。今後、随分楽しい人生送れそう。ね、やってみる?」
にこにこ微笑ながら、具体的に未来に起こりうる現実の一端を示してあげると、できっこないと侮っていた彼女らの虚勢が、どんどん剥がれて動揺を見せる。
「正直君達の行動、僕、前から腹に据えかねていたんだ。そろそろ目の前から消えて欲しい。僕としてはクラスメイトだし、穏便に交渉したい所だけど、嫌なら実力行使に出る。ねぇ、駄目かな?」
にっこにっこと純朴な笑みを浮かべながら、杏里の前に立つ。
自分は、腕っ節は強くないが、これでもダラーズを作った実績がある。
パソコンとネットと携帯があれば、こんな奴らに負ける気なんてないし、今日は那須島の件で苛立っていて、只でさえ臨戦態勢だったのだ。
八つ当たられても運が悪かったと思って貰おう。
にこにこにこにこ微笑続けていると、戸惑い目が虚ろになった女側が、互いに顔を見合わし、うろたえて。
とうとうリーダー格の茶髪女が、踵を返した。
「こいつキモッ!! マジでキモい!!」
「もういい、二度と係わるか!!」
「バーカ!!」