二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

めかくしセカイ

INDEX|4ページ/24ページ|

次のページ前のページ
 

「名前を聞いてもいいですか? 返しに来た時にだれか解らなかったら困るでしょうし、万が一すれ違った時も、名前が解れば他の店員さんにお願いできると思うので」
「あぁ、なるほど。私は山田利吉といいます」
 利吉は胸元の『山田』と書かれた名札を持ち上げながら名乗る。よく友人などからは「お前の名前ってやけに古風だよな」と揶揄される名前だが、利吉自身は慣れているせいか、あまり気にならない。
「山田……利吉……」
 男がまたもや唖然とした様子で、小さく利吉の名を繰り返した。それからまじまじと、利吉の顔を眺める。その顔には先程以上にくっきりと驚きの色が見てとれた。思わず利吉はたじろいでしまう。
「あの……」
 さっき声をかけた時もこんな感じだったが、また何かの偶然が重なって知り合いに似てでもいたのだろうか。
 おずおずと声をかけると、男ははっとした様子で目を数度瞬かせた。それからバツが悪そうな笑みを浮かべる。
「あ、あぁ……すみません、いまどき珍しい古風な名前だったうえに、やっぱり知り合いと名前が似ていたものだから驚いてしまって。こんな偶然あるんだなぁと」
「やっぱりそうでしたか。確かに珍しいですね。私以外にこんなまるで戦国時代や江戸時代にありそうな名前をつけられている人を見たことありませんよ」
 ははは、と半ば自虐的な事を言いながら利吉が笑う。
「ああ、でも私の名前もだいぶ古風なものなんですよ。……土井半助っていうんですが、今時こんな名前あまり聞きませんよねえ」
「確かに時代劇にでも出てきそうなお名前ですね。私も人のことを言えた名前ではありませんけど」
「まぁ、でもこの珍しく古風な名前のおかげで、一度名乗るとたいてい覚えてもらえるもんですから、ラッキーといえばラッキーなんですが。山田さんも、そのクチでしょう?」
「ははは、それは確かに。小さい頃から新学期とかに自己紹介をすると、一発で名前を覚えられていました」
「ですよねえ」
 笑い混じりに男――半助は頷くと、コップ半分ほどに残っていたコーヒーを勢いよく飲みほした。それから時計に一瞥をやり、いすの下に置いていた鞄を手に取る。
「さて、そろそろお会計お願いしてもいいですか?」
「ああ、すみません、お邪魔をしてしまって」
「いや、私はむしろ傷心のなか、一人で寂しくコーヒーを飲まずにすんで助かりましたよ。こちらこそお仕事を増やしてしまってすみません」
 後頭部を掻きながら、半助が床の水を一瞥して頭を下げる。利吉は苦笑いを浮かべながら「気にしないでください」と頭を振った。それから、レジへと向かう。すぐに半助も利吉の後ろについてきた。
「五百円になります」
「あ、丁度あります」
 がさごそと財布を取り出して、小銭をばらばらと皿へと置く。利吉はそれを数えて頷いた。
「丁度ですね、ありがとうございます」
「それじゃあ来週、これを返しにきますね。ごちそうさまでした」
「了解です。ありがとうございました」
 半助は軽く手を振りながら、扉を押し開けて出て行った。
 利吉一人になった店内に、からんころんと扉についた鐘の音が響き渡る。
 ずいぶんと不思議な人だった。この駅からも離れた小さな喫茶店ではめったに起こり得ないハプニングだったせいか、彼と話した数分が日常から離れた事のように感じられる。
 思わず半助が出て行った後も、ぼんやりと扉を眺めていた利吉だが、まるでタイミングを読んでいたかのように新しい客が店へとやってきたため、すぐさま思考を切り替えて日常のなかへと戻って行った。

作品名:めかくしセカイ 作家名:和泉せん