どこか遠くへ
「紅茶が不味い国じゃなきゃ何処でもいい」
「だから、それは行きたくない国だろう?それに紅茶が美味いかどうかなんて行ってみなきゃ解らないよ」
「あー、じゃあカナダ。カナダ行こう」
喋りながらも食事を進めていたアルフレッドの手が止まった。初めて具体的な国名が出てきた事に驚いているのだろう。アーサーはそれ以上言葉を付け足さずに食事を続けた。冷めてしまえばどんな料理だって味が半減してしまう。
「なんでカナダなんだい?別に紅茶が美味しいとは聞いた事がないけど」
「治安が良いっていうし観光には良いだろ。それに、ちょっと確かめてみたい噂があるんだよ」
「噂?」
首を傾げたアルフレッドに、アーサーが口の端を上げてニヤッとした笑みを浮かべた。それから視線をパスタの麺へと移す。アルフレッドは意味が解らずにますます首を傾げた。
「パスタがどうかしたのかい?」
「お前知らないのか?カナダのパスタって麺の食感が微妙らしいんだよ。茹で方の問題で、なんだかゴムっぽいらしい」
「え?ゴム?」
何ともいえない顔をしてアルフレッドはパスタを眺める。その様子を見たアーサーが耐え切れないとばかりに吹き出した。
「酷い人だな。解ってて言っただろ?」
「当たり前だろ。……まあカナダに行きたいってのも嘘じゃない。アメリカ人のお前からしてみれば、真新しいところでもないかもしれないけどな」
「いや、そうでもないよ。俺は行った事がないし」
「そうなのか?」
意外そうにアーサーが尋ねると、アルフレッドが小さく頷いた。
「君の国にだって、フランスやドイツに行った事がない人は居るだろう?」
「そりゃあそうだけど。そっちは陸続きだから行き易いんじゃないのか?」
「国境から遠くないところに住んでいればそうかもしれないけど、俺は中部の生まれだからなあ」
「ふうん、そんなもんか」
アルフレッドが皿の上にフォークを置いた。全て食べ終えたらしい。満足げに息を吐くアルフレッドにアーサーが紙ナプキンを手渡した。それで口元のミートソースを拭けという意味である。アルフレッドはそれに軽く礼を述べると、軽く口元を拭いてから丸めてゴミ箱に向かって投げた。縁に当たって床へと落ちる。アルフレッドが不服そうに唇を尖らせた。
「横着するからだ。拾って捨てて来い」
「解ったよ。ああもう、今日はきっと悪い日だ」