妖鬼譚
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――人里離れた山の中。
人はおろか獣もそう踏み入らない様な山林の奥、ぽっかりと開けた平地に風雨に打ち棄てられた荒ら家があった。その縁側に腰を降ろし、無言で空を見上げている男が一人。
右手で無意識のうちに胸元に下げた緑の石の首飾を弄りながら、繃帯を肘迄巻いた左手に持った切子細工の猪口を傾けている様は、まるで月を肴に酒を嗜んでいるようだった。
晧々と光る月明かりに照らされて、狐色の色素の薄い髪を銀に輝いかせているこの世の物とは思えない背筋が寒くなるような美貌の持ち主は、何かに待ち草臥れたのか、ふぅ、と溜息を零してみせる。
と、そこに音も無く唐突に現れたのは、金太郎と千歳の二人だった。
「白石」
「二人共、遅過ぎや」
ゆるりとそちらに視線を向けた『白石』と呼ばれた青年は、咎めるような声を二人に掛ける。
「すまんばいね、色々予定外な事があったとよ」
「せやけど、そん代わりにめっちゃえぇ事教えるから、毒手は勘弁してぇな」
「えぇ事って何やねん?」
胡散臭げな青年の問い掛けに、金太郎は持っていた紙袋を渡すと、大きな瞳を細めて勿体を付けるように一呼吸置いた後、口を開いた。
「あのな、ワイ、ケンヤ見つけたんや!!」
「――な、何やてぇッ!?」
驚愕の言葉と共に、カシャン、と軽い音を立てて、硝子の猪口が青年の手から地面へと滑り落ち、粉々に砕け散った。