妖鬼譚
伍章 邂逅
「金ちゃん、今何て言うた!?」
月明かりの元でもはっきりと区別出来る程、整った顔の血相を変えて詰め寄る青年に対し、金太郎は暢気に同じ言葉を繰り返す。
「せやから、ケンヤ見付けたって言ったんや」
「金太郎、そない嘘付いて遅刻誤魔化すんは止めや」
「白石、本当ばい」
今にも金太郎の首を絞め上げてしまいそうな青年との間に千歳は割って入るが、代わりと言わんばかりに青年は今にも栗色の瞳から涙を溢れさせんばかりの焦燥感に満ちた顔で、千歳の胸元を掴んで揺さぶりながら叫ぶ。
「せやったら、何で謙也は俺の元に帰って来ないんや!?答えろ、答えろや、千歳ぇっ!!」
「……あのな、白石。謙也くん、人間になっとったばい」
「何、やて……」
千歳の唇から零れた衝撃的な言葉に、青年の服を掴んでいた手が力無く落ちる。
「力も全く感じられんかったけん、あの人間は見た目が謙也くんそっくりなだけで、本当は謙也くんとは何も関わりが無いのかもしれんと」
「でもでも、あのケンヤ、ワイらの事、ちょっとだけやけど覚えとったんや」
だから、ワイは絶対ケンヤやと思う、と、金太郎は茫然自失している青年の左手を掴むと、千歳の言葉を力強く否定する。その思いは青年を安心させようという意図以上に、金太郎自身の願いでもあった。
「やから、白石。そんな悲しい顔せんといてぇな」
「……金ちゃん、おおきにな。せやな、謙也の記憶が少しでも在るんやったら、戻してやればええだけや」
金太郎の真摯な言葉と眼差しに気力を取り戻したのか、青年は右手で胸元に下げた首飾の翡翠の飾りを握り締めて歩きだそうとした。が、その肩を掴んで引き止めた者がいた。黙って二人のやり取りを見守っていた千歳である。
「白石、くれぐれも今はその人間の所へ行ったらいかんとよ」
「何でや?」
その二人が逢ったという人間が、もし本当に謙也ならば自分の元に連れて来て記憶を取り戻させてやりたいのに、それを許そうとしない親友の言葉に、青年は瞬時に不機嫌な表情になる。
「謙也くんの周りから、アイツらの気配がしとったと」
「アイツらって、まさか……」
「そのまさかたい」
忌々しげに秀麗な顔を歪める青年に対し、重々しく首を縦に振る千歳。
「何でアイツらが謙也の傍なんかにおるんや!?まさかまた謙也の事……」
「あのケンヤ、何や知らんけど、弱い奴らに狙われとったみたいなんや。せやから、アイツらに守って貰っとるんやと思う」
「まだ時は来とらんばい、今は我慢するっちゃ」
「……………」
「白石」
「……分かったわ」
納得はしていないが仕方ないと、渋々頷いた青年は、月を見上げると「謙也……」と、切なげに呟いたのだった。