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妖鬼譚

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翌朝、昨日とは違いしっかりと眠る事が出来た――今日は朝練が休みな為、元から何時もより三十分近く余分に睡眠時間が取れたというのもあるのだが――謙也は、スッキリとした表情で学校へ向かっていた。

「まさか、ユウジや小春も正義の味方やったなんてな」

ユウジには昨日会えへんかったけど、今日見掛けたら絶対質問攻めにしたろ、と思いながら、ギュッと懐に仕舞っていた小刀を握り締める。
胸元に常に入れておいて下さい、と帰り際、光に言われた事を謙也は律儀に守っていたのである。
正直な処、邪魔と言ってしまえば邪魔なのだが、あの財前がわざわざくれた刀なんやし、これがあればあの血肉を食らう恐ろしい鬼門も怖くない。
そう思うだけで、自然と鼻歌が出て来る。

そんな風にご機嫌だった謙也は、勢い良く角を曲がった瞬間、目の前に現れた人にぶつかってしまった。これは昨日の前方不注意で起きた接触事故とは違い、お互いに同じタイミングで曲がろうとしたが故に起きた出来事だった。
ぶつかってしまった相手の色素の薄い狐色の髪に焦茶の鋭い瞳を持った驚愕に彩られているその顔の造作は、謙也が今迄見た事が無い程に美しい物でつい息を飲んで見とれてしまう。

「ぶつかってしもて、すみません」
「……ッッ!?」

甘い顔立ちに相応しい低く柔らかな謝罪の言葉が耳朶を打った瞬間、ギュッと胸の奥の一番柔らかな部分を鷲掴みにされたような甘い痛みと息苦しさに捕われた気がした。
まるでずっと探し続けていた半身を見付け出したような、欠落していた自分の部品を探し当てたような、そんな未だかつて感じた事が無い全身が粟立つ感覚。

「あ、…あぁっ……」

返事を、謝罪をしなければと思うのに、何故か唇は戦慄くばかりで何も発してくれない。それどころか、言うべき言葉を脳内から探し出そうとしている謙也の頭に、酷い頭痛が襲い掛かってくる。

「うぐ、ぅっ……ぐぁぁぁぁぁッ!!」

割れる様な痛みに頭を抱えて呻く謙也だったが、唐突にぷつりと糸が切れてしまったように身体が崩れ落ちる。
そんな自分を抱き留めた青年の愛おしむ様な眼差しを感じて、息が出来なくなりそうや、と急速に薄れ行く意識の中、そんな事を思ったのだった。


作品名:妖鬼譚 作家名:まさき