妖鬼譚
「財前、ホンマに休学明け直後にこない授業休んどって平気なん?」
「……俺、別に単位なんてどうでもえぇんですわ」
「何でやねん?進級出来なくなんねんぞ」
「此処の学校の理事とか役員は全部ウチの関係者なんで、授業出んでも問題無いんすわ。ついでに寄付もたんまりしてます」
せやから俺は何時もこうしてますし、ついでに刀持ち歩くんも咎められないんですわ。
と、光は自分の背後に立て掛けてある、刀の入った紫の小花模様の竹刀袋を指で示してみせる。
「……何でそないに囲ったり金ばらまいたり事してんのや、お前ら?」
「此処は、俺達にとっては大切な地脈の流れとる場所の一つなんです。せやから、それを守る為に内外から色々と手を尽くしてるんすわ」
だからと言って、寄付や権利を盾に授業を堂々とサボるのはどうかと思うが、そのお陰で自分は光に見張って貰えたり――日本語として間違っている気がするが、事実なのでこう言うしかない――、自分を襲う鬼門を退治して貰えているのだから、文句を言う権利は無い気がしたので、代わりに別の事を口にした。
「……それやったら、何で財前、学校来てんねん?」
毎日此処で空見て、音楽聞いて、で、仮に俺が襲われとったら刀持って鬼斬って。
学校来てて楽しいんか、財前?
そんな言葉を投げ掛けられた光は、一瞬戸惑った様な表情を見せたが、すぐに何時もの何処か醒めた様な表情で肩を竦めてみせた。
「楽しいも何も、俺はアンタっていう危険因子の観察兼護衛でおるだけやし……」
「学校ってのはな、ホンマ楽しいパラダイスなんやで。それを楽しまないんは損っちゅー話や」
「………」
「そや!!財前、今日は部活見てるやのぉて参加してみぃへん?」
「えっ!?」
と、戸惑う光を余所に、謙也は勝手に部活の計画を立てていってしまう。
「長い刀ブンブン振り回したり、ぴょんぴょん跳ねてあないでっかい鬼と戦ったり出来るんやから、絶対テニスも上手い筈やろうから、いきなり練習試合しても大丈夫やろ、うん」
「いや、それはちゃいますやろ……」
「ほら、これプレゼントしたるから、やろっ、な?」
と言って、謙也は自分の手に下げていたビニール袋の中に手を突っ込むと、何かを取り出した。
その中から出て来たのは、光の好物である善哉。しかも和風白玉善哉に洋服善哉、普通の善哉と三種類だ。
「何、すか、これ……?」
「何時も俺ん事守ってくれとる事へのお礼兼光が部活出て来れますように、っちゅーお供え物や」
「二番目は、今考えた理由ですやろ」
「まあ、ええから素直に受け取っとき。で、これ食べて、午後の授業頑張ったら、放課後はテニスコートな。分からん事とかは、先輩として手取り足取り色々教えてたるさかい」
「……はい」
「後、折角やから練習終わったら、俺お薦めのたこ焼き屋に連れてったるから、楽しみにしとき」
弾ける様な笑顔でそう言われ、光はつい黙って頷いてしまったが、それ程嫌な気分ではなかった。
全て自分というまだ余り親しくもない赤の他人の為に、半ば強引ではあるが、色々と世話を焼いてくれる。
基本的に他人に関わられる事が嫌いな筈の光だったが、何故かこの謙也のお節介な行動は嫌に感じられなかった。
――ああ、俺、この人の事が『一人の人間』として気になるのかもしれへん。
白玉善哉に舌鼓を打ちながら、この時初めて、光は自分の中に芽生え始めた感情を明確に意識したのだった。