妖鬼譚
捌章 真実 中篇
翌日。
暗澹としている彼の心の如くに厚い雲に覆われている空の下、校舎の屋上で生気が抜けた様に焦点の合わない瞳で何処か遠くを見ている謙也の姿が在った。
その傍らで何とも言えない居心地の悪そうな表情をしているのは、光や謙也と同じく鬼門を狩る事を生業とする一族の一人であるユウジ。
彼は、昨日の忍足家の惨劇の後始末――本来ならば、今日は家族の葬儀を執り行うべきなのだが、鬼門の手に掛かった者及び場所の調査という事で、今日は平時と同じく学校へ行く様にとの頼みを受けた故に、謙也はこうして学校へ来ているのである――の為、学校に来れない光に代わって、謙也の護衛を臨時にしているのだ。
その様な訳で、こんな日に授業等身に入らないだろうという事で、屋上で誰も入れないように内側から鍵を掛けて謙也と二人、時間を潰しているのだが。
「―…って話やねんけど、ケンヤ、お前どう思う?」
「………」
「少し位反応せんかい、阿呆」
「………」
「オドレが何時もみたいな元気あらへんと、こっちも調子狂うねん」
と言って、唇を尖らせるユウジに、ゴメンな、と、謙也は本日何度目なのか分からない謝罪をすると小さく笑ってみせた。
だが、その笑みはユウジには触れれば壊れてしまいそうな脆い物にしか見えない。
今迄何匹もの鬼門を退治していて、その過程で家族や友人といった親しい者を奴らによって失った人を何人も見て来ていた筈のユウジだったが、自分の身近な人間がその犠牲となった場合、どんな風に慰めれば良いのか、皆目検討も付かなかった。
どうしたらええねん、助けてや、小春……と、彼はこんな時に頼りになる聡明な友を思い、内心泣きそうになる。
だが、その小春は何やら火急の調べ物が在るとの事で、光と同じく今日は家に篭ってしまっていたので、助けを呼ぶ事も出来ない。
笑いを消すと再び何処とも知れない場所へと意識を彷徨わせる謙也に少しでも元気を出してもらうべく、今度のお笑いライブの新ネタでも見せて笑わせたろかと、ユウジが肌身離さず持ち歩いているネタ帖を捲ろうとした、その時だった。
「ケンヤッ!!」
弾ける様な明るい声が屋上内に響く。
えっ、と謙也がその声がした方へと顔を向けると、そこに立っていたのは、無邪気な笑顔を浮かべた豹柄のタンクトップに黒いハーフパンツの小柄な赤毛の少年。
「金、ちゃん?」
「ケンヤ、知り合いか?」
突然現れた金太郎にユウジが誰や、と疑問を発するが、金太郎はそのユウジの言葉を無視するように謙也の元へと駆け寄ると、彼の手を掴む。
「なあ、ケンヤ、今すぐワイと一緒に来て欲しいんや」
「ど、どうしたんや、急に??」
早く早くと急かして腕を引く金太郎に、戸惑いを隠せない謙也。
小さな身体からは想像も付かない程に強い力で腕を引っ張られ、痛みに顔を顰めると、ゴメンな、と慌てて手を離して顔の前で両手を合わせて謝るその態度に、謙也はつい苦笑を零した。
彼と話していると、不思議と自分の暗い気持ちが晴れていく気がする。そう思い、出来るならば彼の希望に応えたいと謙也は考えた。
「なあ、金ちゃんは俺を何処に連れて行こうとしてん?」
「あのな、白石、めっちゃ凹んでんねん、ケンヤに慰めて欲しいんや」
「エ……ッ!?」
今の自分にとって、最も聞きたくない名前を出され、表情が多少なりとも戻った筈の謙也の顔がみるみる内に強張っていく。
それに気付いて金太郎がどうしたんや、謙也?と訊ねると、躊躇いがちな質問が投げ掛けられる。
「な、なあ、金ちゃん。金ちゃんは……白石達の仲間なん?」
「おん、ワイと白石、めっちゃ仲良しやで」
あっさりと自分の言葉を肯定されてしまい、謙也の顔が悲痛に歪む。
だが、この子なら白石とは答えが返ってくると一縷の希望を託し、次の言葉を紡いだ。
「なあ……白石が俺の家族殺した事、金ちゃんはどう思うん?」
「んー……ケンヤの事、元に戻すには殺さなあかんって、白石も千歳も言ってたで」
せやから、死んでもしゃあないやろ、と白石と同じ様な事を全く悪びれもない様子で言う金太郎。
と、そこで漸く会話の流れから金太郎が何者なのかを理解したユウジは、険しい視線を向ける。そして。
「ケンヤ、離れろ、ソイツは鬼門やッ!!」
そう叫ぶと同時に自らの懐から何かを引き抜くユウジ。