妖鬼譚
と、次の瞬間、パン、と何かが弾ける音と共に火薬の臭いが謙也の鼻を突く。ユウジの手にした鈍い掌大の鉄の塊――デリンジャーが火を噴いたのだ。
「ユ、ユウジ!?」
突然の発砲に、目を丸くする謙也の腕を引いて金太郎から距離を置いたユウジは、彼を背に庇うように金太郎の前に立つと、もう一発銃弾を放つ。
だが、撃たれた筈の金太郎はというと、傷一つ負っていない。
「チッ……」
尚も数度引鉄を引いたが、弾は全て金太郎が翳した掌の前で壁にでも当たったかの様に止まって弾かれてしまった。
相手が完全に無傷である事を悟ったユウジは、掌の中の小銃に視線を落とすと、苛立たしげに舌打ちをする。
「……流石に完全な人型の鬼門相手にこれは意味あらへん、か」
「あれ?ワイが鬼門やって分かってるって事は、兄ちゃん、鬼狩の奴らなんやな」
それやったら手加減要らんよな、と、これから面白い事でも始める様に心から愉しげに笑った金太郎は、グルグルと自分の腕を回し気合を入れる。
その動作と共に爆発的に膨れ上がった気の量は、何の力も持たない謙也にも分かる程の圧力だった。
それに対し、相手の力がはっきりと見えているユウジは、相手と戦闘をする準備万端の自分が全力を出したとしても到底敵うとは思えない程の気を纏う小柄な少年に、まさか、と息を呑む。
「お、お前……『主家』か!?」
「そんな事迄分かるんやな、兄ちゃん」
そう言った金太郎は、ニヤ、と唇の端を歪めてみせる。
その無邪気でありながら怖気のする笑みに、知らず小さく震える謙也に、ユウジは複雑な文様が描かれた朱色の護符を渡す。
「謙也、財前から貰ろた剣と一緒にこれ地面に置いて結界張って、そこから動くなや!!」
と、言うなり新たに懐から金と銀の斑模様の護符を取り出し、天へとそれを掲げた。
すると、その符は一瞬閃光を放ったかと思うと、次の瞬間に欝金色をしたリボルバー式の二挺の拳銃へと姿を変えた。それらは、光の持つ刀と同じ様に神聖な気を漂わせている。
その二挺の銃を両手に構えた瞬間、金太郎は地面を蹴るとユウジに向かって躍り掛かって来た。
銃身で金太郎の炎の気を纏った右の拳を受け止めると、続く脇腹を狙う左足を後ろに下がって紙一重で避ける。
更に右後ろ回し蹴り、左手刀と、連続攻撃を何とか躱して再び距離を置いたユウジは、こりゃマズいわ、と最初に攻撃を受けた手の痺れを押し隠す様に左の拳銃を一発放った後に自分の胸の内で呟く。
そもそもユウジは、術を封じた特殊な弾丸を用いて狙撃を行う遠距離戦を得意としている。
対する金太郎はと言うと、今の一連の遣り取りだけでも分かる様に気を手足に通し、格闘でもって相手を破壊、粉砕するという、圧倒的な近距離型だった。
只でさえ相手との力量差は圧倒的だというのに、この距離では向こうに有利なばかりだ。
更に支援担当の小春もおらず、これでは自分の力を十分に発揮する事が出来ない。
此処は取り敢えず逃げるしかあらへん、と、金太郎が再びこちらへ飛び込んで来ようとする刹那、両手の引鉄を引いて計十一発、銃に装填されている全ての弾を一気に叩き込んだ。
その凄まじい威力に、撃たれた金太郎の身体は霧の様な煙が覆い隠されてしまう。
今の自分が放てる最大火力を放ったユウジは、着弾を確認する前に銃を虚空へと消すと、身を守る為に結界を張っていた謙也に向かって「逃げるで!!」と叫ぶと、そのまま一目散にこの場を逃れようとした。が。