妖鬼譚
「兄ちゃん、逃げるん?」
何や、つまらんな、と銃煙が収まった先には、平然とした金太郎の姿があった。
自分の攻撃が全く効果が無かった事に愕然となるユウジに戦う気が削がれたのか、金太郎はもうええわ、と気を納めると、二人の戦いを呆然と見守っていた謙也の元へ行き、にっこりと笑って、さあ、行こうと声を掛ける。
だが、結界の中に篭った謙也はそこから出て来ようとはしない。
「金ちゃん……お前、鬼門、なんか?」
「おん、そこの兄ちゃんも言っとった通り、ワイらは鬼門やで」
「『ら』?」
「せやで、ワイもケ……」
「そこまでや!!」
と、二人の会話に突然割って入って来たのは、鬼狩宗家次期当主。
「「財前!?」」
「誰や、兄ちゃん!?ワイの邪魔せんといてや!!」
「黙れ、鬼門」
その言葉と共に燐光を放ちながら飛来して来た符を、後ろへ飛び退って避ける金太郎。それは床へと触れた瞬間、金色の巨大な火柱となる。
燃え上がる炎に息を呑む謙也の姿を一瞥した光は、特に怪我等が無い事を見てとると安堵の息を漏らす。
「何や嫌な予感がして学校来てみましたけど……謙也さん、無事で良かった」
そう言われて嬉しかったのか微笑んでおおきに、と呟く謙也に頬を緩めた光は、決まり悪そうな顔をしているユウジへと向き直ると、今度は呆れた様に溜息を零した。
「それにしてもユウジ先輩、弱すぎっすわ。アンタ、それでも一氏家の跡継ぎなんですか?」
「五月蝿いわ、ボケ!!小春は居らんし、そもそも近接戦闘は俺の領域やないねん!!」
「そうやとしても、アンタに謙也さんの護るん頼んだんですから、もう少し奮戦して下さいよ」
「……すまん」
申し訳なさそうに謝るユウジに、次は頼みますわ、と肩を竦めてみせると、此処からは俺が相手や、と言って背中から自分の愛刀を抜き、正眼に構える光。
ユウジに向かって軽口を叩きはしたが、自分の相対する者の力は、刀を交えずとも十分に理解出来ていた。
なので、今迄とは比べ物にならない程に緊張した面持ちを見せた光だったが、彼の持つ刀を見た瞬間、金太郎の顔には、新たな敵と戦えるという事で愉しげな表情をしていたのが一転して、恐怖の色を浮かべた。
「そ、それ『鬼切』やんか!!白石みたいに腕斬られるんは嫌やっ!!」
そんな事を叫んだ金太郎は、その声が消える前に宙に身を躍らせて、忽然と消え去ってしまった。
襲ってきた筈の金太郎が唐突にいなくなり、危機を脱した事で、三人は顔を見合わせると力が抜けたのか、揃って安堵の息を漏らす。光は、何やったんやと思いつつ、刀を鞘へと納めた。
「ホンマギリギリでしたね……アイツも"主家"ですよね?あんなキッツイ臭いさせとる鬼門、初めて見ましたわ」
そう言って思い切り顔を顰める光に対し、ユウジが一つ首を縦に振る。
「アイツ、俺が"主家"か聞いたら、普通にそうや言うて認めたで」
「ホンマですか……あないに強い奴が後何匹も居ってつるんどるんやったら、結構洒落にならんな。で、何でアイツ襲ってきたんです?」
「金ちゃんは、俺を白石の処へ連れてきたがっとったみたいやねん。白石が凹んどるから慰めてや言うてきたんや」
なんで、俺があんな人殺しを慰めなあかんねん!?と謙也は怒りをその目に浮かべて吐き捨てる。そんな謙也を慰撫する様に彼の手をそっと握った光は、極めて言い難そうに口を開いた。
「どうやら、アンタ自身が鬼門に何らかの関わりがあるんは確実みたいっすね」
「そんな関わりなんか要らん!!」
「それを断つ為に俺が居るんですわ。謙也さん、アンタの鬼門との因縁が何であろうとも、俺が必ずそれから解放してみせます」
「……おおきに、財前」
力強い光の言葉に、一筋の涙を零して感謝を伝える謙也。
そんな彼の小さく震える身体を抱き締めようと、光は腕を伸ばそうとしたのだが。
「お二人さん、何やイチャこいとるトコ悪いんやけど、こないなトコでグズグズしとったらまた狙われるかもしれへんから、移動せん?」
と、敢えて空気を読まないユウジの言葉に、慌てて離れた二人は、その意見に賛同すると財前家へと戻る事に決めて、屋上を後にしたのだった。