妖鬼譚
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光が謙也達の危機を救っていたその頃。
埃塗れになりながら蔵を漁っていたどんな些細な情報でも探し出そうと奮闘していた小春は、ある古い一揃いの帳面を慎重な面持ちで捲っていた。
それは、当時の宗家の当主の右腕とも言われた、寛弘三年に"酒呑童子"を初めとした力在る鬼門、所謂"主家"と呼ばれる者達と鬼狩一族の間に起きた、過去最大の戦いの時に本人を含め一族郎党を皆殺しにされた石田家の当主の日記だった。
腹心である彼の視点から、宗家当主の一族を率いる者としての喜びや苦悩、鬼門という人外の存在を退治する事に対する思い、また鬼狩一族の四季折々の生活の様子等が綴られたそれは、読み物としても十分に耐えうる面白さだった。
だが、今はそれをゆっくりと読み解く時ではない、と小春は必要な情報のみを掬い上げていく。
その中でも、薄青色の表紙の最終巻に綴られていたのは、彼が殺された大戦の一月程前から直前迄の出来事の記録である。
宗家当主と彼が対峙し、"鬼殺石"という強力な呪具の試作品を用いて滅した"主家"の事、その"主家"を殺害した事を受け、彼らの長である"酒呑童子"からの宣戦布告があった事、そして戦いに赴く時の心境……。
そんな事が書かれている中から、滅された"主家"の容姿の記述を探して、端から端迄目を皿の様にしていた小春は、片隅にひっそりと記載されていた一文を見つけた瞬間、驚きで読んでいた本を取り落としてしまう。
普段誰よりも古書を愛している――乱暴な扱いをするユウジと絶縁状態になるのは、実はしょっちゅうである――筈の彼の在り得ない姿は、その情報の衝撃の大きさを示していると言えよう。
が、何とか我に返った小春は、その帳面を拾うとそのまま弾かれた様に書物庫を飛び出し、今度は広大な屋敷の敷地の外れにある別の蔵へと走って行く。
そこは、並大抵の者では扱う事が出来ない、強力な術の施された武具や怖ろしい呪いの掛けられた器物等が仕舞われている蔵だった。
更にその奥で、更に幾重もの封印がしてある祠が小春の目的地だった。その扉を、決められた手順に従い開けたのだが。
「えっ!?」
そこに封じられている筈の暗紅色をした石で出来た杭は、跡形も無く消え去っていた。
厳重な封印を破って何者かが石を持ち去った事に悪寒を覚えた小春は、取り敢えず一刻も早く掴んだ情報を光に教えねば、と駆け足で蔵を後にしたのだった。
>>後篇へ続く