妖鬼譚
捌章 真実 後篇
財前家の小春が間借りしている離れに、光と謙也とユウジ、そして此処の主である小春が集合して車座に座っている。
小春が学校へ向かおうとした際、偶然にも光達三人が財前邸へと戻って来たのである。
その様な訳で、小春は自分が掴んだであろう今回の件の分かりうる全てを説明しようと、三人を部屋へと呼んだのである。
彼らの作った円の中心には、薄青色の表紙の一歩扱いを間違えれば壊れてしまいそうな程に古びた本が、まるで主役の様に鎮座している。
小春はそれを手に取ろうとした光の動きを制止すると、重々しく口を開いた。
「色々分かった事があるんやけど、皆、まずは何も言わずに最後迄聞いて欲しいんよ。……特にケンヤ君、分からん単語があるかもしれんけど、我慢してね」
「お、おん……」
小春に真剣な目で見つめられ、謙也はその視線の圧力に気圧される様にコクリと頭を縦に振る。
他の二人も同様に頷いたのを確認した処で、小春は一度大きく息を吸ってから、敢えて淡々と驚くべき事実を伝える。
「単刀直入に言うと……ケンヤ君は鬼門よ」
「嘘や!!」
小春の言葉に真っ先に反発したのは、謙也本人ではなく光の方だった。
バンと畳を叩き在り得ないと叫ぶ光に対し、当の謙也は衝撃の余りに何も言えないのか、目を丸くして固まってしまっている。
そしてユウジはと言うと、幾ら愛しい小春の言った事とはいえ俄かには信じられないのか、自分の両隣の謙也と小春とを瞳を忙しなく交互に動かして二人の姿を確認しては、首を傾げてみせる。
そんな三者三様の反応を見て、小春は認めたくは無いんやけど、と頭を横に振ってから言葉を続ける。
「光、やっぱり貴方の『鼻』は正しかったのよ」
「そんな筈無いっすわ!!」
「ええから最後迄黙って聞きなさい」
声を荒げて腰を浮かせる光だったが、小春に、静かに、しかし平時よりも遥かに鋭い口調で制止され、渋々口を閉じるとその場に座り直す。
光が腰を落ち着けた処で、小春は改めて報告を始める。
「まず、光に頼まれて調べとった事なんやけど、゛酒呑童子゛白石蔵ノ介には、何人かの仲間が居って、それが私達が言う主家っていうのは分かってるわよね?」
「まあ、それ位は俺でも分かりますわ」
「その主家の一人を、大戦直前に当時の宗家の当主が゛鬼殺石゛という道具を使って殺しているの」
「゛鬼殺石゛?」
と、耳慣れぬ単語に疑問を投げるユウジに、小春はこれよ、と自分の手に持っていた別の古文書を開いて、装飾の施された鋭い杭状の形をした石の図を見せる。
「まあ、細かい術式の理論や説明は省くけど、それを打ち込まれた鬼門は、どんなに強い者だったとしてもそれを殺す事が出来るらしいの」
「へぇ……」
「そない便利なモンがあったんか」
「で、その当主が殺した主家の一人、゛茨城童子゛言うんやけど、その鬼門はどうやら゛酒呑童子゛と深い関係にあったらしいやけどね、殆ど表に出て来なかったんか、何故か不思議とどんな鬼門だったのか、詳しい事が文献が残ってへんの。で、漸く見つけたその鬼門に関する説明が此処よ」
そう言って、くすんだ青い表紙の帳面をパラパラと捲って目的の頁を探し出すと、三人に指し示して見せる。
その一文を顔を寄せて見た三人だったが、揃って眉根を寄せて難しい顔になってしまう。
どうしたん?という顔をする小春に対し、三人を代表する様に謙也が声を上げた。
「なあ、小春、俺ら、こない蚯蚓がのたくった文字読めへんねんけど……」
「あ、ごめんなさい。そんなら読み上げるわね」
と、小春は、三人に示した文を読み上げてみせた。
『我が主が相対せし者、風を纏い、疾風の如き動きにて相手を翻弄せし、背の高き細身の欝金の髪をした鬼也』
これだけだと微妙に謙也を連想出来なくも無いのだが、彼が鬼門であると断定出来る証拠は何処にもない。
そう思い、光が不愉快そうに反論しようとする。
「小春先輩、これだけで謙也さんが鬼門やなんて言い切れへんやないですか」
「アタシもそう思ったんやけどね……此処を見て貰ってええかしら」
「嘘、やろ……」
小春のすらりとした指差した先を見た三人は、揃って息を飲んで瞠目する。
その文字は、古書を読む事に慣れていない者でも、何と書いてあるのか読み取れた。
――そこには、確かに『忍足謙也』という名がはっきりと記されていたのだった……