妖鬼譚
「小春、その鬼門っちゅーは白石なんやろ!?」
「………」
「答えてや!!」
「ケンヤ」
鬼気迫る表情で、無言を貫く小春に詰め寄ろうとする謙也の前にユウジが割り込む。
小春は口を開こうとするユウジを止めようとしたが、言わないと謙也は納まらなへんやろ、とその制止を振り切って目の前の必死な形相の友人に自分の見た物について告げた。
「多分、やけどな。白石って奴かは知らへんけど、この前オドレを攫いに来た赤毛の奴と一緒に、在り得へん位でかい黒髪の奴と……寒気がする位に顔がえぇ男が居った」
その言葉に、謙也は自分の家族の仇である端麗な容姿をした男を思い出し、その瞳に瞬時に怒りの炎が点る。そして。
「アイツを殺す!!」
「駄目や!!何の力も無いアンタに何が出来んねん!?それに奴の狙いは謙也さん、アンタや。せやから絶対奥の部屋から出んといて下さい」
「嫌や、止めんな、財前!!俺は行く!!」
「……謙也さん、すんません」
と、呟いた光が懐から取り出した符を指に挟み呪を唱えると、今にもユウジと小春の制止を振り切って駆け出そうとしていた筈の謙也の身体が、まるで石にでも変化してしまったかの様に止まってしまう。
それは、鬼門の動きを封じる為に使われる術を、彼に向かって使用したからに他ならなかった。
「光……お前」
「しゃあないやないですか、こうでもせんかったら、この人、絶対止まらへんかったですし」
それに術は加減してあるんですぐに解けます、と言って、光は謙也の身体を何とか抱えると、元の部屋へと戻って、その中へ彼を閉じ込めてしまう。更に何枚もの符を利用して、その離れを丸ごと強固な結界で囲ってしまった。
それと同時に緊縛の術が解けたのか、謙也は動きを取り戻して部屋を飛び出そうとしたのだが、不思議な事に襖は一寸たりとも動こうとはしなかった。
「開けろ、開けてや、財前!!」
「すぐ戻りますから、待っとって下さい」
ドンドンと襖を殴る音と怨嗟の叫びを背に、光達三人は、謙也をその場に置いて、この家を襲う鬼門を滅するべく走り去ったのだった。