妖鬼譚
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財前家の中庭は、美しい緑や築山、池に東屋等の在る、広大な庭園だった。だが、今その場所は、まさに阿鼻叫喚という単語に相応しい状況になっていた。
幾人もの鬼狩の者が傷付き、血を流して、自らの得物を手放して地に倒れ臥していた。その中には既に事切れている者もおり、光達は顔を歪める。
この場に惨禍を撒き散らしていたのは、三人の強大な力を持つ鬼。
それは勿論、遠山金太郎と千歳千里、そして白石蔵ノ介に他ならなかった。
まるで雑草を打ち払うかの様に鬼狩の者達を倒していた三人だったが、先刻ユウジと戦った金太郎が光達に気が付いたのか、彼らを指差す。
「あ、アイツや!!」
「……確かに『鬼切』やな、あの刀は。しかも持っとる奴がアイツにそっくりとか、冗談もえぇトコやな」
自分達の姿を視認して、得物を抜いて構える光―正しくは、彼の手にしている刀―の姿を眼にした瞬間、白石は動きを止めると、自身の繃帯を巻いた左腕を右腕で抑えるとその身を震わせる。
いきなり隙を見せた白石に、背後から鬼狩の者が凶悪な鬼門の息の根を止めようと襲い掛かった。だが、それを一顧だにせず手刀で首を斬り落とすと、降り掛かる返り血を無造作に拭う。
その姿は凄絶にも関わらず、余りにも美しい物で、庭にいた者達は一様に目線を奪われてしまう。
その白石は淡い若草色の燐光を自身の左腕に纏わせると、光の元へ一気に詰め寄って手刀を振り下ろす。その不意討ちに近い一撃を難なく愛刀で受け止めた光だったが、その重さに厳しい表情を浮かべる。
だが、あっさりとそれを防御された事に驚いたのは、白石も同様だった。
「その刀を持ってるって事は、お前が今のこいつらの頭領でえぇんやな?」
「………」
敵に話す言葉はないと言わんばかりに、光は返答の代わりに刀を袈裟懸けに振るう。
それを身軽に避けた白石は、肩を竦めてみせた。
「まあ、今日の目的は、お前達を根絶やしにする事やないからな、今は見逃したるさかい」
「……これだけ暴れておいてよく言うと」
「暴れとるんは主に金ちゃんやんか」
と、嬉々とした表情を浮かべて、敵対する者を次々と素手で簡単に屠っている赤毛の友人へと視線を向ける。
「ほな、此処は任せたで」
白石はそう言うなり、まるで最初から居場所が分かっているかの如くに、迷いを欠片も見せずにこの屋敷の一番奥、すなわち謙也を匿っている筈の離れへと向かって行く。
「待てッ!!」
慌てて光はそれを追い掛けようとするが、その前に千歳が立ち塞がった。
「くそっ、退けッ!!」
「白石とケンヤ君の再会の邪魔はさせんと」
そう言うなり、千歳の足元の地面が光に向かって一直線に弾けて行く。だが、小春が投げた符がそれを阻んだ。
「光、此処はアタシ達に任せて、早よ゛酒呑童子゛を追って!!」
「……頼みます」
と、光は一礼すると、白石を追って走りだす。
その頃、謙也の閉じ込められた離れの前に辿り着いた白石は、顔を顰めてみせる。
「何や、結界なんや張るなんて小細工しよって……」
と、白石が建物の壁に触れると、パリンと、薄い硝子が砕け散る様な音と共に、其処を覆っていた筈の強固な結界がいとも簡単に破壊された。
光達がいなくなってからも此処から出ようと必死になっていたのか、急に結界が解かれた戸を勢い良く開けてしまった謙也は、その勢いが余って部屋から庭へと裸足で転がり出てしまう。
そこへ、忘れたくとも忘れ難い声が聞こえてくる。
「謙也、今度こそちゃんと迎えに来たで」
「白、石……」
謙也が顔を上げると、飛び出て来た彼に向かい、蕩ける様な甘い笑みを浮かべて両手を広げる白石の姿があった。
>>後編に続く