妖鬼譚
玖章 覚醒 後篇
「白石ぃぃぃぃッ!!」
瞳に溢れんばかりの憎悪の色を浮かべた謙也が抜き放ったのは、懐に収めていた護り刀。
殺気と共に白刃を向けられ、白石は眼を丸くして驚いた後、幼子を諌める様な優しい口調で目の前の愛し子に声を掛ける。
「謙也、そない危ないモン、仕舞いや。怪我してまうやろ」
「これはお前を倒す為の武器や」
謙也の短刀を握る手は震えていたが、その言葉には一点の迷いもない。
彼のはっきりとした拒絶を感じ取り、白石は悲哀の色をその秀麗な顔に湛えてみせた。
「謙也には、自分で思い出して欲しかってんけど……やっぱり無理みたいやな」
「思い出すも出さんも無いわ。俺は『忍足謙也』や」
「そうやな、お前は俺の謙也や」
そう言って白石が懐から取り出してみせたのは、不気味な気配を漂わせる暗紅色の複雑な文様の刻まれた杭。
謙也にはそれが何かは分からなかったが、その場に漸く駆け付けた光は、その正体に瞬時に気が付いたのか驚きの声を上げる。
「鬼殺石……!?」
「さあ、還っておいで、謙也」
有らん限りの愛しさを籠めてそう呟いた白石は、鬼殺石を持つ手に力を籠める。
すると、それはまるで脆い硝子細工の様に、粉々の破片になってしまう。
と同時に、その欠片から湧き出て来た禍々しい気は、黒雲の形を取ると、塒を巻いて謙也へ向かって襲い掛かってくる。
余りにも突然の事で、狙われた謙也は身動き一つ取れないまま、その邪悪な蛇に全身を絡め取られてしまう。
「謙也さんっ!?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
恐怖の声を上げる謙也に纏わり付いたその煙は瞬時に彼の全身へと潜り込んでいく。
そして、それらが全て謙也の体内へと吸い込まれ切った瞬間、眼も眩む様な激しい赫光が彼の身体から放たれた。
「うわっ!?」
光が収まると、そこには呆然とした表情を浮かべて立ち竦む謙也の姿があった。
カランと持っていた刃を取り落とすと、信じられないとでも言うように頭を横に振る。