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妖鬼譚

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―ずぶり。
突然、胸の奥から熱い塊が迫り上がってくる感覚。
目の前が急に紅く染まっていく。
―これは、何や?
―……血?
―何で?
―どうして?

「け、んや、さ……?」
「光が俺を殺してくれへんなら、俺はこうするしか道が無いねん……」

―ホンマにごめんな、光。
そう呻く様に呟いて、謙也は呆然と瞠目する光の胸元に突き立てていた右腕をゆっくりと引き抜くと、血に塗れた腕でその場に崩れ落ちようとする光の身体を強く抱き締めた。
心臓を真っ直ぐに貫かれ、急速に霞んで狭まっていく視界に映るのは、次々と溢れて零れ落ちていく涙を拭いもせず謝り続ける、自分が護ると決めた人の姿。
お願いやから、泣かんといて下さい……そう言って涙を拭ってやりたくても、既に深い『死』という名の淵へと沈み込みつつある身体には、指一本動かす力も慰めの言葉を告げる力も残されてはいない。
そのまま意識が暗黒に飲み込まれようとした刹那、ごぽりと血が溢れ出している唇に触れる柔らかな感触。
それが謙也の唇であり、自分が最後に彼と口付けを交わしている事を理解した直後、光の意識は閉ざされた。

魂を失った事で徐々に温もりが消えていく身体に顔を埋めると、無言で肩を震わせる謙也。
と、そこへ、音も無く湧き出る様に現れた一つの影。

「謙也」

ゆっくりと彼の名を呼んだのは、漸く捜し求めていた者を見出す事が出来た事に対し、安堵の表情をその美貌に浮かべた鬼門だった。

「やっと、やっと見付けた……もう何処にも逃がさへんよ、謙也」
「白、石……」
「……って、お前、そないな奴から離れや!」

と、白石は明確な嫌悪の色を、謙也の腕の中で永遠の眠りに就いている鬼狩の少年へと向けた。
しかし、謙也はその言葉を無視するように涙を零し続ける。
それが気に食わない白石は、まるで幼子の様に不満気に頬を膨らませてみせた。

「何、泣いてんねん?」

冷えた視線を亡骸へと向ける白石とは対照的に、謙也は愛惜しむ様な眼差しを光へと注ぐ。

「俺は、鬼門の『忍足謙也』や。鬼門の『忍足謙也』が愛しとるんは、今も昔も白石蔵ノ介、この世にたった一人しかおらん」
「当たり前やろ、そんなん。やっと分かってくれたんやな」

せやから、と白石は愛しい恋人から憎い仇敵を引き剥がそうとするが、謙也はその手を振り払って光の亡骸を自分の腕から離そうとはしなかった。

「でもな、人としての『忍足謙也』は財前、いや、光の事、好きやった。人でおった時の最後の最後になって気付いたんやけどな、この気持ち」
「………」
「せやから、他の奴に……お前に殺されてまう位やったら、俺の手でって思ったから、ちゃんと苦しまへんように一撃で逝かせたんや」

自分の中にあった感情を、つい先刻行ったばかりの事を、まるで他人事の様に淡々と告げていた謙也は、そこで言葉を切る。
そして一度深呼吸をした後、風が吹けば消えてしまう位に微かな声で続きを呟いた。

「光を殺した事、後悔はしてへん、せやけど今だけは……今だけは人間やった『忍足謙也』として、好きな奴が死んだ事を泣かせてくれへんかな」
「………今だけ、やで」

俺以外の奴の為にそないな顔したり、涙流すなんての許すんは、これが最後やからな。
そう言って肩を竦めた白石は、謙也の蒲公英色の髪をそっと撫でると、現れた時と同じく音も無くこの場から消え去った。

光であった物と二人きりになった謙也は『財前光』を自分の手で殺害したのだ、という事実を改めて感じてしまったのか、「ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい……」と、謝罪の言葉を繰り返しながらボロボロと大粒の涙を零す。
だが、やがて涙を拭うと、強い決意を秘めた表情を浮かべて、薄く開いたままな光の冷たい唇に自分の物を深く重ねる。そして。

「愛しとったよ、光……せやから、これからはずっと俺の中に一緒に居ような」

唇を光の血で深紅に染めた謙也は薄く笑みを浮かべると、彼の全てを自分の物にするべく、その亡骸へと喰らい付いたのだった。


作品名:妖鬼譚 作家名:まさき