妖鬼譚
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忍足家の屋根の上に腰を降ろして無言で空を眺めていた白石の元に、ふわりと巻き上がった風に乗って謙也が現れたのは、茜色をしていた空に闇の帳が降りて、月が輝き始めている頃だった。
「白石」
名を呼んで隣に腰掛けた謙也の泣き腫らして赤くなっている目尻に残っていた透明な雫を拭ってやると、彼は擽ったそうに小さく顔を顰める。
その姿に頬を緩めた白石は、躊躇いがちに謙也に向かって疑問を投げ掛けてみせた。
「……俺の事、まだ憎いか?」
「憎く無い、なんて言うたら嘘になる」
と、謙也は星空を見上げて『人』であった時の家族の顔を一人一人思い出し、一瞬苦悶の表情を浮かべたが、それを消すと溜息と共に言葉を続けた。
「お前が家族を殺したんは許せへん。一生俺はそれを許さん……けど、それ以上に俺は白石が好きやねん」
「謙也……俺は謙也を愛しとるよ」
「俺はそれ以上に白石ん事、愛しとる」
真っ直ぐに自分の顔を見つめて告白をされ、白石の白皙の美貌にパッと朱が散る。その気恥ずかしさを誤魔化すように、白石はわざと別の話題を口にした。
「な、なあ、謙也、もうあの鬼狩の奴の事は吹っ切れたん?」
「おん……もう俺は光とずっと一緒やから、大丈夫や」
と、謙也はずっと胸元に当てていた右手を堅く握り締めて、微笑みを見せた。
その充足感に満ちた表情に多少の嫉妬を覚えたのか、白石は唇を尖らせると、多少拗ねたように呟いてみせた。
「……そうやって謙也と一つになれる、お前が喰らった相手が羨ましいわ」
「何や、白石も俺に喰われたいん?」
「いや、俺は謙也に喰われるよりも、可愛い謙也を喰いたいんやけど」
そう言って艶然と笑った白石が求める様に腕を伸ばすと、素直にその手に捉われた謙也は頬を上気させて彼の身体に自分の腕を回してみせた。
「俺も蔵ノ介に喰われて、蔵ノ介で俺ん中いっぱいになりたい」
「ほなら、謙也の望み通りに」
と、熱を持った視線を交わした二人の影は、何百年もの刻を越えて一つに重なったのだった……
〜完〜