妖鬼譚
異聞 未来(後篇)
「し、白石……」
「謙也、こないなトコに隠れとったなんて、ホンマにお前は俺を困らせるんが好きやなぁ……」
謙也を見つめ蕩ける様に甘く微笑むその胡桃色の瞳には、狂おしい程に愛しい者を求める光が浮かんでいる。
その狂気じみた色を湛えた瞳にヒッと怯えて息を呑む謙也を庇う様に、光は刀を正眼に構えると白石の前に立ち塞がる。
「この人に近寄るな」
「何や五月蝿いわ、お前には用は無いねん……って、どうしたんや、謙也?そないに震えて、何か怖い事でもあるん?」
「嫌や、近寄らんといて!!俺は鬼門やない、お前の『忍足謙也』なんかやない、人間や!!」
「何でそないな事言うん?」
謙也の言葉に白石は目を丸くしたかと思うと、悲哀に満ちた表情を浮かべた。
だが、すぐに憎悪の視線を光に向けて放った後、我侭を言う幼子を宥めるかの様な甘い蜜が滴る猫撫で声で、拒絶の意思を見せる愛し子に向かって語りかけた。
「そうか、分かったわ、コイツがお前を誑かしとるんやな……謙也、ちょっと待っててな、今この悪い人間ん事殺して、お前の目を今度こそちゃぁんと覚まさせたるから」
何処か現実離れしたような陶酔した笑みを浮かべた白石は、若草色の燐光を繃帯を巻いている左腕に纏わり付かせると、一息に距離を詰めて光の首を打ち落とすべく手刀を振るう。
それを刀で何なく受け止めた光だったが、狭い部屋の中では、長刀を振るう自分は不利だと悟り、謙也の腕を取るなり白石が割ってこの部屋へと入って来た窓から外へ二人でその身を躍らせた。
「う、わあぁぁぁぁぁぁッ!!」
軽やかに着地をした光とは対照的に、ドスンと音を立てて広い庭へと落ちた謙也は、痺れる足を何度も叩いてと何とか動けるようになると、抜き身の刀をぶら下げた光へと詰め寄る。
「な、何いきなり、無理心中しようとすんねん、お前!?」
「阿呆ですか、誰が心中なんかするんですか」
「せやったら、何で飛び降りたりすんのや!?」
「あないに狭い部屋であの鬼門と戦ったら、長い刀持っとる俺が不利やないですか」
「それやったら、お前一人でも……」
「あそこに居ったら、あの鬼門と二人きりになってますよ、アンタ」
「ウゥッ……それは嫌や」
「それやったら言う台詞ちゃいますやろ」
「……おおきに、財前」
「どういたしまして」
「何やムカつく……」
と、謙也と光が軽い漫才をしている間に、白石もまた窓から飛び出すと音もなく二人の前に降り立つ。
下がれ、と光に手で合図され、謙也は数歩下がって二人との距離を置く。
と同時に、険しい表情を浮かべた光と白石は、地面を蹴って互いの命を奪うべく自らの腕を振るった。
光の日本刀と白石の燐光に包まれた腕がぶつかり合い、ガキン、と鋼が噛み合う様な鈍い音が響く。
その様に数度刃を交えた処で、何かを悟ったのか白石は大きく飛び退いて距離を置くと、光の刀を左手で指差しクツリと喉を鳴らして嗤い声を上げてみせた。
「やっぱりな……その刀、真打やないな」
「なっ……!?」
その白石の指摘に、光の顔が驚愕に彩られる。
財前家に代々伝わる斬魔刀である【鬼切】。
この刀が人も人ならざる物もあらゆる物を斬る事が出来る強大な力を持った"真打"はなく、それよりも出来、つまりは力の劣る"影打"であるという事を知っているのは、この刀を引き継いできた当主のみの筈なのに、何故この鬼門は知っている?
そう思い動揺する光の疑問は、次の言葉ですぐに瓦解する。
「よう考えてみたら、俺のこの腕を斬った時にあん刀も真っ二つに折れたんやったんやもんなぁ……」
と、白石は、自分の繃帯が巻かれた左腕を右腕で摩るとニヤリと口元を歪めてみせる。
「まあ、影打で傷付けられる程、俺は甘ないで」
「ぬかすなやっ!!」
そう叫ぶと、袈裟斬りにしようと、光は上段から白石の肩を狙って刀を振るった。だが、次の瞬間。